第3回  お食事は楽しく安全に

東京都リハビリテーション病院4N病棟

高橋良枝看護師長


1.家族と共に食卓につく意味

「食べている時が、一番幸せ。」そんな風に感じることが多くありませんか? 決して他に楽しみがないわけではありませんが。しかし、どんなに美味しいものでも、一人の食事は虚しいものです。少子化、核家族、共働き、今の社会事情から考えると、一人の食事も止むを得ない状況ですが・・・。
本来、食事をすると言うことは、私たち人間が、生命を維持する上で欠くことができない行為の一つです。それは、単に栄養や水分補給ということだけを目的としたものではなく、食べる楽しみ、生きる活力を生み出すといった精神的な満足感を得ることにも繋がっていると考えます。嚥下障害をもつことで、食事が苦痛になるようなことだけは避けたいものです。

2.段階別嚥下訓練食の工夫

1)嚥下困難食(嚥下訓練食)とは

嚥下障害の患者さんには、どのような食事が適しているのでしょうか。
患者さんが好きな食事内容で、安全であり、栄養のバランスが良く、できるだけ家族と同じメニューであることが理想的ですが、嚥下障害の患者さんに用いられる食品は、咀嚼や食塊形成の障害を補うことができ、咽頭残留や誤嚥の危険が少ないものでなければなりません。
食品の条件としては、
①密度が均一であること、②適当な粘度があって、バラバラになりにくいこと、③口腔や咽頭を通過するときに変形しやすいこと、④べたつかず、粘膜に付着しにくいことなどが前提となります。
上記の条件に合う食品の代表はゼラチンゼリー(最も誤嚥の危険性が少ないゼラチン濃度は1.6%:1人前はジュース80gにゼラチン1.3g)です。
しかし、認知面や食塊を口腔から咽頭へ移送する時期に問題があるため、口腔内に食物をため込みやすく、ゼラチンが溶けてしまうような患者さんでは、溶けて液体になったものを誤嚥する危険があり、ゼラチン以外のものでむしろ誤嚥が少ない場合もあるため、評価時に観察しておく必要があります。液体の誤嚥が心配される場合は、増粘剤を用いてトロミをつけます。しかし、増粘剤が多すぎるとべたつきが増し、かえって送り込みが困難となります。増粘剤の種類によっても適切な粘度を得るための量や時間が異なるので注意が必要です。個々に合った安全な食事形態を選択し、さらに患者さん自身の嗜好なども十分考慮して、本人の食欲につながればと考えます

摂食量を安全に増やしていくためには、ゼリー食からミキサー食、きざみ食へと食物形態を徐々に変更していく「段階的摂食訓練」が有効です。食事アップの基準としては、摂食時間が30分以内で、7割以上摂取が3食(嚥下障害が強く疑われる場合は3日間)続いたときを目安にします。また、市販の嚥下障害食も増えており、品質も向上しています。この様な市販品を上手に利用することは、介護負担を軽減し在宅介護を長続きさせる秘訣でもあります。

以上のことを考慮した上で、各障害時期に対応した嚥下訓練食が工夫されています。


2)嚥下各期の障害に対応した嚥下訓練食

嚥下運動は、一般的に口腔期・咽頭期・食道期の三段階に分けられます。
 
(1)口腔期障害の嚥下訓練食
口腔期は、食塊を舌の動きにより、口の奥に送り込む過程ですが、この過程での障害の場合、咀嚼や食塊形成の障害を合併していることもあり、固形物の摂取は困難を要します。そのため、さらさらの液体やみそ汁、コーンスープ、シャーベットなど低粘度のペースト状の食形態が好ましいです。

(2)咽頭期障害の嚥下訓練食 
咽頭期は、咽頭へ送り込まれた食塊が嚥下反射によって食道へ送り込まれる過程です。この過程の障害では誤嚥への危険性を十分配慮する必要があります。ヨーグルト、ゼリーなど高粘度のペースト状から始めることが好ましいです。

(3)食道期障害の嚥下訓練食
食道期は、食道に入った食塊が胃に運ばれる過程を言います。この過程の障害では一度に大量の食物が食道に入ると逆流して誤嚥を引き起こす恐れもあり、そのため低粘度の食品を使用し、一口が少量ずつ摂取することが望ましいです。


ポタージュ状


ジャム状

3)嚥下訓練食の1例

当院でも、嚥下障害のある患者さんに対して、安全で快適な食事ができるように、嚥下困難食(嚥下訓練食)を提供しています。開始期・導入期・安定期の3段階に分類してあります。とろみの量などは、どのタイプの障害であるか、および重症度などを考慮して決めていきます。

  開始期・・・経管栄養主体、1食1~2品です。
         経管から経口栄養に移行する際の練習のための食事です。

        メニュー例:ゼリー、プリン、ムース、温泉卵、卵豆腐など。
              副食として、とろみ付きのミキサー食を用いることもあります。

開 始 期

左:玉子豆腐  右:ワインゼリー
導入期・・・経管・経口栄養併用、1食3~4品です。
        開始期で摂取良好であれば摂取量を増やし、通常の食事量に近づけていくための食事です。
       メニュー例:開始期と同様の食事内容に 副食1品とお粥など。                            副食はきざみ、または1口大とし、患者さんの嚥下能力に応じてとろみなどをつけます。

  導 入 期
左上:ワインゼリー  右上:ポタージュ
     左下:お粥      右下:海苔のつくだに
安定期・・・経口栄養主体、1食4~5品です。
        ほとんど経口摂取のみで栄養量が確保できる状態の食事です。
       メニュー例:導入期と同様の食事内容に、副食として軟菜食、ご飯などが出されます。

安定期(きざみ、とろみ付き)

左上:ふろふき大根
右上:鶏のクリーム煮
左下:お粥
右下:黄桃入りヨーグルト
 
安定期(ミキサー、とろみ付き)

左上:ふろふき大根
右上:鶏のクリーム煮
左下:お粥
右下:黄桃のゼリー

3.嚥下訓練時の姿勢の調整

摂食訓練を行う際、姿勢の調整は重要であり、誤嚥の危険が高い患者さんでは30度仰臥位(平らに寝た状態から30度上半身を起こした姿勢)から訓練を開始します。この場合、枕を入れるなどして頸部は必ず前屈位(軽く顎を引いた状態)に保つのがポイントで、伸展していると誤嚥しやすくなるので要注意です。また、食物の口腔内への取り込みや、口腔から咽頭への送り込みに障害があると、90度の座位では食物が口からこぼれてしまったり、口腔に食物が残留してしまい、摂食が困難なことがしばしばあります。この様な場合もリクライニング座位をとり、重力を利用して食物を送り込むようにすると食べやすくなります。しかし30度では自力で食べるのが難しく摂食介助が必要となるため、摂食状況や全身状態を確認しながら段階的に角度を上げていきます。


4.二つのお口から栄養をとるときの注意点

食事を用いた嚥下訓練が開始されても、早期に経口摂取だけでは必要栄養所要量の確保は難しいため、1日の必要な水分量・栄養量を勘案し、摂取量が不足する場合には、胃瘻からの経腸栄養との併用が必要です。
1) 胃瘻チューブへの逆流

ボタン型胃瘻チューブでは、経口摂取した食物がチューブ内に逆流してくることはありません。
下図のようにドームの中に逆流防止弁付いているからです。カテーテル型の胃瘻チューブでは、逆流防止弁が付いていないため理論上は食物が逆流してくることも考えられますが、臨床上経口摂取が始まってから、食物のチューブ内逆流によりチューブが詰まることはほとんどありません。また、胃瘻チューブと皮膚の間(瘻孔の隙間)から食物が出てくることもありません。


2) 便秘

経腸栄養開始直後の2~3日の下痢は必発ですが、経腸栄養開始後2週間程経過すると、むしろ下痢より便秘が問題となってきます。最近は、発症早期より静脈栄養から経腸栄養に移行されるケースが多いため、食事を用いての嚥下訓練が開始するころには、便秘に注意が必要です。腹部膨満感や排便のない場合には注意を要し、消化管機能改善薬や下剤を早めに投与して下さい。便秘が経腸栄養の長期管理における最大の問題点かもしれないと考えています。

3)経腸栄養投与時の姿勢

経口摂取時の姿勢と経腸栄養投与時の姿勢が異なる場合は、注意が必要です。
たとえば、経口摂取は上半身を30度起こして投与、胃瘻からの経腸栄養は上半身を60度起こして投与している患者さんでは、必ず経口摂取後、忘れずに経腸栄養投与時の60度まで上半身を起こして下さい。30度のままで経腸栄養剤を投与すると、胃に注入された経腸栄養剤が逆流して気管に入り、誤嚥性の肺炎を起こすことがあります。姿勢の変換に注意して下さい。

4)胃瘻の抜去時期

大熊先生も述べていましたが、私も胃瘻がある状態で摂食訓練を行い、1日3回の経口摂取が安定して可能となれば、胃瘻の抜去を考えても良いと思います。
しかし、食べる量が十分であっても、水分が十分に経口摂取できない患者さんや、薬を上手に飲めない患者さんでは、胃瘻を残しておいた方が良いと思います。嚥下障害の患者さんにとっては、水のようなサラサラした水分が一番飲みにくく、またトロミのついた水は味気なくて美味しくないため飲みたくないそうです。特にボタン型胃瘻チューブでは、衛生上、美容上優れているため、無理して抜去する必要はないと考えます。