PEGと在宅ケアにおける栄養の維持

あけぼの在宅医療研究所
新宿ホームドクタークリニック
曙橋内科クリニック

英 裕雄
英 裕雄

 

在宅で介護を受けている人には、食べ物や飲み物が飲み込みづらい患者さんがたくさんいらっしゃいます。 高齢になると歯が無くなったり、唾液の分泌が悪くなったり、あごの力が弱くなったり、飲み込みの力が衰えたりします。このような加齢による変化はすべて物を食べたり飲んだりするのに障害となります。でもこのような加齢障害の大半は、入れ歯の調整をしたり、食材を細かく刻んだり、よく煮たりなどの調理方法の工夫でなんとかカバーできることが多いようです。
しかし脳梗塞後の患者さんや神経難病の患者さんなど、さらに特別な工夫を必要とする人も在宅では沢山いらっしゃいます。そこで私たち在宅医が実際に行なう、食事をとるための様々な工夫や栄養の考え方などについてお話したいと思います。

●なるべく口から食べよう
どうしたら口から物を食べられるかを一生懸命考えることは、体に必要な栄養をとることだけを目的にしているのではありません。いろいろな味を味わったり、家族一緒に食卓を囲むことで、家族の一因として参加できるなど、その人の生活を考えるうえでとても重要なことなのです。ですから、私たち医療者はまず、なるべく口から物が食べられる方法を探します。食材や調理方法の検討、食事をするときの姿勢や嚥下の仕方を色々評価したり練習したりして、その人なりの食事のとり方を探すのです。

1.口の中をよく見てみよう
口の中を見れば様々な事がわかります。歯があるかどうか?口腔内が乾いていないだろうか?口を開けたり閉じたりがスムーズにできるか?舌がまんべんなく良く動くかどうか?などをよく見ることで、咀嚼や食塊形成さらに食べ物の咽頭への移動などの様子がわかります。もし、口を開けてもらって食べ物が残っている人を見たら、それだけで何か摂食障害があることが考えられます。このように注意深く口腔内を観察すること、そしてどのような障害があるのかを評価し、適切にケアすることが大切です。

2.飲み込みを見てみよう

次に唾液を飲み込んでもらいます。唾液の飲み込みに時間がかかるような場合は、
1.唾液の分泌が悪い場合
2.移動が悪い場合
3.嚥下が悪い場合 等があります。
このうち1.と2.の場合は口腔の注意深い観察で除外できますので、口も乾いていず、舌も良く動くけれども唾液が飲み込みづらい人は、嚥下が阻害されていると考えてよいとおもいます。
嚥下するのに何秒ぐらいかかるのか、嚥下した後でムセ込んだりしていないかどうかも観察する必要があります。嚥下は様々な神経と筋肉の動きが組み合わさった大変精緻な運動ですので、この段階での障害を見極め、どうしたら良いのかを考えることは非常に重要です。

3.飲み込んだものが逆流しないかどうか見てみよう
飲み込んだから安心というわけではありません。実は一度飲み込んだものが再び口の中に戻ってくる人がいらっしゃるのです。特に流動物などはこのように逆流しやすいのが特徴です。そのような患者さんでは、食後すぐに横にならないとか、急な運動をしない等の配慮を必要とします。
その人の障害を理解し、どうすれば障害を無くすことができるのかを考えたり訓練したりしながら障害の克服を図ったり、克服できない障害に対しては、食材や調理方法・一回あたりの摂取量や摂取間隔を検討するなど、様々な工夫を行ないながら、その人なりの食事の仕方を探す必要があるのです。とにかく口から食事をとることを、安易には諦めないで欲しいと思います。

●どうしても口から安全に食べられないという人の栄養維持には…

前章のような様々な努力をしても、どうしても口から安全に食べられなという人の場合、PEGを利用されることをお勧めします。以前は鼻からのチューブや点滴による栄養管理が行われていましたが、これらは本人の苦痛も大きく、交換の頻度が多く維持が大変困難でした。PEGが利用されるようになってからは、多くの患者さんが、大変安定して質の高い生活を過ごされるようになりました。食事をするたびに長時間をかけて、しかも肺炎を起こさないかとハラハラしていた人も、PEGを利用することで介護負担も危険性も減って、本人も家族も安心して在宅での療養生活が可能になった人は沢山いらっしゃいます。

また、PEGの利点として、PEGを使用したからと言ってお口から何もとってはいけないわけではないことがあげられます。つまり、PEGからは十分な栄養をとり、飲み込みが許されている食材などを利用して味や食事の楽しみは口から、という事も可能なのです。さらにPEGを利用し、栄養状態を改善できたことで、再び口から食事が可能になる人も沢山いらっしゃいます。これはPEG自体が栄養維持のための療法というだけではなく、一種のリハビリ用具となったからとも言えます。結局最終的にはPEGを必要としなくなり、全ての食事を再び口からとることが出来た高齢者の方も沢山いらっしゃるのです。

●在宅医療における栄養の位置づけ
「人はパンのみに生きるにあらず」、という言葉があるように、栄養状態が優れているからと言って、かならず良い生き方になるというわけではありません。しかし、バランスの良い生き方を支えるためには、バランスのとれた栄養状態にある事が大切です。ではバランスのとれた栄養状態とはどういった状態なのでしょうか?
実はこのバランスのとれた栄養状態というのが大変難しいのです。例えば、20歳の若い男性と90歳の寝たきりの女性は必要とする栄養所要量が異なります。また同じ年齢でも多くの食事を食べても大丈夫な人と、糖尿病や肥満などになりやすい人では、おのずと摂取すべき栄養量は異なります。このように栄養所要量は人によって千差万別なのです。性別や年齢、その人の活動性、病気の状況、過去の食生活や腸管の機能等によって栄養所要量はそれぞれ異なると言えます。

よくPEGを入れて、栄養剤による栄養に切り替えたら太ったという人がいます。その場合も手放しで喜ぶことは出来ません。注意しなければいけないことは、太ったことが栄養不足で痩せていたのが元の健全な状態に戻ったというように良い結果なのか?本来の摂取量以上の量を摂取して、実は肥満傾向になっているのか?太ることでかえって介護負担を増やしたり、本人の動きが悪くなっていないか?など慎重に評価しながら、その人に必要な栄養量を考え続ける必要があるのです。

●今後の医師・患者関係について
医療・医学の進歩は目覚ましいものがあります。
これからも新しい治療法が次々と生まれてくると思います。今回ご紹介するPEGも比較的新しい医療技術といえます。そして、いかなる医療行為も人の生き方を大きく変容させる可能性があるといえます。20世紀医療は国民の長寿化に大きく貢献して参りました。しかしただ長く生きることのためだけに医療を行なう時代は終わろうとしております。これからはただの生命延長を目指す医療ではなく、どうすればより良く生きられるのか?という生命の質的延長をも、医療はサポートすべきなのだと思います。そうしたときに医師・患者間での十分な意見交換は従来以上に重要になってきます。自分がどのように生きたいのか?そしてそれをどのように医療にサポートしてもらいたいのか?そういうことをきちんと医療者に伝えて、くみ取ってもらう必要があります。

これからは、漫然と生きて、漫然としか意志を伝えない人には、漫然としか医療を受けられないと言うことが当たり前になる時代なのかもしれません。病気や障害は突然という場合が多いのですが、そこで初めて自分の生き方を考えるのではなく、普段から自分の生き方を大切にし、それを医療者に適切に伝えるように考えておくことが、患者さんにとってこれからますます大切になってゆくでしょう。

「PEGへのご案内」(2001年6月30日発行)より