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「PEG」って人間らしくないですか

東京家政学院大学家政学部 講師
在宅栄養アドバイザー「E-net」代表

松月 弘恵
松月 弘恵

●祖母の死をきっかけに

 

私は現在、東京の世田谷地域で管理栄養士の自主活動グループ「E-net」を作り、訪問栄養食事指導を行っています。そもそも私が「地域の在宅療養者の方に何かお手伝いできないだろうか?」と考えるようになったのは、祖母の死がきっかけでした。

今から15年ほど前、祖母は88歳で帰らぬ人となりました。祖母は最期を病院で迎えたのですが、私がはっきり覚えている最期の祖母の姿は「後生だから、家に連れて帰っておくれ」とすがるような目をして訴え、手を擦りあわせる姿なのです。親戚の者にも、医者や看護婦に対しても同じように訴え続けたのです。私は外孫なので、まだその祖母の姿に逼迫するものを感じていなかったのかもしれません。

しかし内孫である従兄弟達は、何とか祖母の訴えに応えようとしました。ワゴン車を借り、ありったけの布団を敷詰め、片道2時間の道のりに万全を期して、祖母の人生のファイナルステージを今迄の人生の思い出のたくさんつまった田舎家で迎えさせようとしました。そんな矢先に祖母は遠くへ旅立ちました。最期付き添った母の前で、点滴を替えに来た看護婦さんに向かって「もう、私にはこれは必要ありません」としっかりした口調で語り、かの地に伝わる童歌を七番まで唄ったそうです。残された者の誰の心にも一つの思いが残されました。「祖母を田舎家に、何とかして連れ帰ってやれば良かった…」と。

そして今、超高齢化社会を迎え、在宅療養を勧められるようになりました。確かにご自宅に戻られるとお元気になられる方もいらっしゃいます。しかし介護の面から考えると、介護サービスの質・量の問題点や代価など、必ずしも薔薇色の話題ばかりではありません。私たちは平成10年の夏から、食事療法が必要な方、嚥下困難などお食事を摂ること自体が大変な方、奥様を介護されているご主人に手軽なお食事方法をご紹介する目的などで、かかり付け医の先生や訪問看護婦さんと連携して、訪問を開始しました。まだなかなかみなさんにご存知いただいていないのですが、勿論これは、医療保険や介護保険で受けられるサービスです。


●方法論よりも確実に栄養を摂ること

 そんなある日、ある在宅医療に熱心な若手のドクターから言われた言葉がとてもショックでした。「これからは、在宅医療の栄養管理は胃に穴を開けて、チューブをつないで栄養剤を入れるPEGが一番だよ。しっかり栄養も摂れて、褥瘡もできないんだ。君たちはいつも『食事は口から…』って言うけど、食べることも危険なんだよ。誤嚥性肺炎で命を落とすこともあるんだよ」と。
私たち栄養士は『食べることは人間の権利である。富める人も貧しい人にも、健康な人にも、障害を持たれた方にも与えられる当然の権利である』と信じてきました。ですから、正直言って胃にチューブをつないで栄養を補給することは容易に受け入れるべきではないと思いました。特に私は大学で教壇に立つ者でもあるため、PEGの意義は理解できても心情的には拒んだのです。

しかし、在宅栄養管理に直接関り、そこにくり広げられる生活に触れるにつれ、考え方が徐々に変わっていったのです。なぜなら在宅で療養していくとどうしても生活が単調となり、身体を動かすことも少なくなります。空腹感もなく、食事量も減りがちです。その上、口腔機能や身体機能が低下すると、食事がとりにくくなり必要な栄養量を確保することが難しくなるのです。更に在宅では、ご高齢のため買い物や食事の準備が困難なこともあるのですが、そのような場合であっても、生きるためには栄養補給をしなければならないのです。栄養摂取が乏しいと床擦れができたり、免疫機能が低下して風邪などにかかりやすかったり… 何よりも、生きることに元気がでません。さらにこれらのことは療養されているご本人だけではなく、介護されている方の負担も大きくしていくのです。

そのような現状を目の当たりにした時、私は在宅栄養管理に対する考えを改め始めました。まず第一に大切なことは必要な栄養量をきちんと摂取すること。PEGであっても、経鼻のチューブ栄養であっても、さらに人間らしいとされる経口摂取も、栄養摂取の方法の1つにすぎないのであり、方法論は何であっても構わないのです。そして、どれか1つの方法しか選択できないのではなく、いろいろな方法をその方のご意志に沿って選ぶことができなければなりません。当然、それらを単一に用いるだけでなく、組合わせることも可能です。

●十人十色の栄養管理法

私が訪問させていただいている方の中に、PEGを作られたYさんがいます。もともと経鼻栄養だったのですが、チューブ交換の際にうまく行かないことが多く、思い切ってPEGにしました。

私がYさんの訪問を始めたきっかけは、「口からの楽しみとして経口摂取させたい」とする娘さんの強い希望があったからでした。Yさんはとても意志の強い方で、「松月さん、私は今迄おいしい物を沢山食べてきたからもういいよ。だから家族には無理をさせないでくれ」と、軽度の痴呆があり耳のお悪い奥様が介護されることを気にしていらっしゃいました。娘さんも「PEGを外すことは考えていません。口からだけで全ての栄養をとろうとしていたあの時の大変な生活には戻りたくありません。でも人間らしさは残したいんです。だから、少しでも口から食べるということは、残したいのです。」とはっきりおっしゃられました。

それから私の訪問の度に、季節のジュースで喉を潤していただいたり、桃の節句の時期には、みんなで桃の花を眺め、こしあんを少し口にしたり、奥様がいれた薄いお抹茶を楽しんでお茶会をしたり…。「雛祭り」の歌を一緒に唄った時、娘さんは「父の歌を聞いたのは何年ぶりかしら?」とおっしゃって下さいました。
私はこれこそ、病院や施設にはない在宅療養の醍醐味だと思うのです。しかし、それはきちんとした栄養量が確保され、栄養評価を繰り返して水分や栄養量の管理を行っているからできたことなのです。

他にも、PEGを行う一方で、経口摂取に向けて嚥下の訓練をされている方もいます。口から少し摂取できるようになって、経腸栄養剤を減らした方もいます。「○○でなければ、栄養補給できない」「××以外に手段はない」というのではなく、多様性の中でいろいろ選択できる時代が到来したのです。大事なことは療養者や介護者の方がどうしたいのかという意志を表現されること、そして専門職としっかり話し合ってプランを立てていくことではないでしょうか。

●PEGも選択肢のひとつ

私は訪問に行く道すがら、自転車のペダルを漕ぎながら時々考えます。「あの時、祖母を田舎家に連れ帰った後、どのように栄養管理ができただろうか」と。限られた最期の時であれば、きっと愛情と熱意で対応できたでしょう。しかし現在の在宅療養は出口の見えないトンネルの場合もあるのです。療養者も介護者も希望を持って、その家庭の文化を大事にしながら生活するためにも、PEGはさまざまな選択肢の1つだと思います。療養者やご家族の周囲にいる専門職と何でも話し合い、最良の方法を見つけていきましょう。

「PEGへのご案内」(2001年6月30日発行)より