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PEGと生命倫理

普門院診療所 内科

田中 雅博
田中 雅博

●反省症例の提示

私達の老人保健施設看清坊にアルツハイマー型認知症の80歳女性が1997年7月から入所中であった。次第に寝たきり状態となり食事摂取も出来なくなったので、遠からず衰弱して死亡するものと考えられた。本人は説明を理解できないので、病状の説明は家族に行っていた。PEGは苦しむ時間を延ばす結果になることを説明したが、家族は延命のためにPEGを希望した。蘇生術は希望しないということだった。そして1998年6月にPEGを行った。患者は栄養不良で衰弱することは免れたが、次第に手足を動かせなくなり、言葉を失い、体位変換のたびに痛そうな表情を見せた。

  看清坊では認知症介護の質の向上のためにスウェーデン福祉との交流を行っている。1999年春にスウェーデンから招いた市の福祉長と看護婦は、この患者を診て、なぜPEGを行ったのかと私達を責めた。スウェーデンでは、判断能力を失ったアルツハイマー型認知症の患者について、医師・看護婦・介護士・ケースワーカーその他認知症ケアのチームが家族を交えて会議を開き、PEGや蘇生術を行わないことを確認するのだという。
さらにスウェーデンでは、つぐみのバッヂをつけた認知症協会の人達が、アルツハイマー型認知症の患者の組織的な早期発見のために活動している。認知症の患者のインフォームド コンセントを得るためには早期診断が不可欠なのだ。理解や判断が可能な早期にアルツハイマー型認知症の病名告知を行って、認知症が進行したときの本人の希望をあらかじめ聞いておく。

 日本ではアルツハイマー型認知症の病名告知はほとんど行われていない。スウェーデンのようにグループホーム等の認知症介護が充実して、初めてアルツハイマー型認知症の早期病名告知が可能となる。認知症が進行しても幸福に暮らせる福祉社会が、情報を知らせた上での自己決定権の保障を実現するのだ。
 この患者さんはPEGの後11ヵ月と9日間、ほとんど苦しいだけの時間を生きて死亡された。私達は現在グループホームを建設中であり、認知症の早期病名告知に努めている。

●インフォームド コンセント
  インフォームド コンセント(情報を知らされた上での自己決定権の尊重)の概念は、ナチスの行った人体実験を裁いたニュールンベルグ裁判の綱領で1947年に確立された。その後1964年「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則として、社会や科学の進歩の為よりも、患者個人の利益と自己決定権を優先する」という世界医師会ヘルシンキ宣言を経て、1981年世界医師会リスボン宣言において日常の診療においても尊重されるべき原則であるとされた。

  リスボン宣言では「判断能力のある成人患者は、いかなる診断法あるいは治療法であれ、同意または拒否する権利を有する」「患者は自己決定に必要な情報を得る権利を有する」と宣言し、同時に「患者は、他人の生命の保護に必要とされない限り、その明確な要求に基づいて情報を知らされない権利を有する」「患者は、必要があれば自分に代わって自己の情報の提供を受ける人を選択する権利を有する」とも宣言している。これらを実現するために私達は次頁のような質問用紙を用いている。


説明と同意(インフォ-ムド コンセント)に関する最初の質問

もし貴方の病気が進行した癌だと診断された場合、
癌であることを貴方本人に話してよろしいですか? 
それとも本人には話さずに誰か別の方に説明を聞いていただきますか?

  1. 私本人に話してほしい
  2. 私本人は癌の病名を知りたくない
  3. その他(         )

「1.私本人に話してほしい」と答えた方に質問します。
家族の方にも病気の説明をしていいですか?

  4. 配偶者に話してもいい
  5. 子供に話してもいい
   (その方の氏名               )
 6. その他(                  )

「2.私本人は癌の病名を知りたくない」と答えた方に質問します。
どなたに病気の説明をしてほしいですか?

  7. 配偶者に説明してほしい
  8. 子供に説明してほしい(その方の氏名     )
  9. その他(                   )

平成  年  月  日
                          本人署名