PEGとIT(情報技術)

益子病院 内科

上符正志


●患者主体の医療を支える力強い味方インターネット

医療情報の開示や診療情報のIT化が推進されているが、これまでは一部の地域や限られた医療機関での実施にとどまり、その進捗状況は決してはかばかしいものではなかった。その理由は、医療の閉鎖性や患者自身のおまかせ医療が、わが国の医療風土には根強く残っており、患者、家族からの積極的な要望も聞かれなかったことに起因しているといえよう。

しかしここにきて、一挙にガラス張りの医療情報の風潮が高まっている。その起爆剤の一つが、自分が選択する医療という理念のもとにスタートした介護保険制度の施行である。即ち、医療の主役が患者、家族に移ったことが大きな理由にあげられる。行政の措置として与えられる医療に馴れ、医療情報も口コミや噂の域を出なかったが、自分が選ぶ医療となれば話は別である。こうした背景に加えて、あってはならない医療ミスなど社会問題も重なり、情報開示の重要性に一層拍車がかかっている。

一方、家庭のパソコン普及率が50%を越え、インターネットが爆発的に普及するに従って、IT化の基盤整備も整い、インターネットでは高レベルの医療情報がグローバルに提供されるようになった。こうしたネット上の医療情報がいきなり一般市民の中に浸透し、医療者と患者・家族との情報の垣根を取り払うことになった。事実、専門医も面食らうような医療情報を、患者、家族がネット上で習得していることに、しばしば驚かされる。私は自分の勤務する病院で、PEGの医療に携わるとともに、病院のホームページ上でその情報提供を行ってきたが、医療機関のみならず一般の患者・家族から多くの問い合わせをいただくたびに、インターネット普及の現実と活用の実態を教えられている。

●PEGの普及にもインターネットを活用

世界保健機構(WHO)は1997年12月にスイス、ジュネーブで開催したグループコンサルテーションで、「IT医療は、情報通信技術により達成される遠隔地からの健康関連の活動、サービス、及びシステムの提供であり、その目的は健康の維持、増進や疾病管理に加え、健康関連の教育、マネージメント及び研究にもわたる」と定義したが、医療業界におけるIT化は、好むと好まざるとにかかわらず、今後急速な進展を見せることは、もはや疑う余地はない。


今回我々が東京都から認証を受けた特定非営利活動法人「PEGドクターズネットワーク(略称PDN)」は、PEG(胃瘻)を含めた医学・医療情報を医療者のみならず、患者、家族等広く一般の方に提供し、ネットワークを築き上げてゆくのが目的である。もとより医療のIT化は、正しい医療情報の伝達には格好の媒体である。インターネットのもつ双方向性は、多くの参加者の意見を多角的に集約し、より高度な情報に高めていく機能を備えている。即ち、ネットワーク化によるタイムラグのない情報提供、ニーズに即応した情報の判定と提言、こうした情報の蓄積によって構築されるデータベースの活用など、広域での電子掲示板システムを日常的に利用することが可能となる。情報をいち早く公開できるネットワークの特性は今後様々な局面で生かされて行くと思われる。


PEG(胃ろう)に関する情報はまだ広く一般には普及しておらず、医療従事者間でも異なる見解が多く見られる。これに対し、診療情報の共有化を進めてゆけば、より多くの情報に基き効率的に診療を行うことが可能となる。治療効率を向上し、患者が広く恩恵を受けるためには、あらゆる地域の医療従事者が、臨床上の最新の知見を常に提供・吸収し、日常診療に反映することが必要である。

●等しく医療情報の共有を

ホームページ上には、胃瘻等に関しての質問、疑問、悩み、意見など自由に書き込める一般閲覧者向け掲示板とパスワードでログイン可能な医療従事者専門サイトを設けている。一般閲覧者掲示板の内容に専門知識が必要であれば、的確なアドバイスを専門医に依頼し回答する予定である。患者参加なしでの医療は考えらず、「PDN」のホームページが医療関係者のみならず、広く患者さん同士のネットワーク創りのツールとして発展してゆくことを切に期待する。患者、家族は専門の医療者に直接質問ができる。また同じ疾患、立場の仲間とも知りあえる。医療者は多数の患者、家族の生の声がきける、ホームページに参加することで標準的で先進の医療情報を共有できる。さらに製薬、器具のメーカーはweb上で市場ニーズを把握しマーケティングに活用できるなどのメリットを得ることが可能となるのである。


PDNの掲示板を継続的に、有効に運営していくためには、決して良いことばかりを並べたてるべきではない。PEGのメリット、デメリットを正直に情報提供していただくことこそ大切であり、そうすることによって、PDNの信頼性と情報価値を高めていくことができる。薬に作用、副作用があるようにPEGにもメリットとデメリットがある。広く、多くの忌憚のないご意見をいただき、皆様の善意と熱意によって創られるPEGの標準的知識の向上は、最終的に患者、家族を利することになる。

●ネットワーク化は社会のニーズ

私がシステム構築の根幹に据えていることは、ややなじみの薄い言葉であるが、先のWHOの定義にある「ヘルス、テレマティクス、医療情報の共有化」というキーワードである。今後、様々な(IT医療)電子システムが稼動すると思われるが、システム間での情報交換が出来ないと、情報流通を求めている社会のニーズに応えられない。このためにはデータの標準化、共有化が大切なキーワードとなる。

ITを利用した遠隔医療には、患者などに対し、遠隔地から医療従事者が医療や福祉サービスを提供する「テレケア」(電話再診、在宅医療、医療相談等)や医師や看護婦などの医療従事者同士が、遠隔地から協力しあって連携する医療「テレメディスン」(僻地、救急医療支援、画像診断、カンファレンス等)などあり、今後益々発展すると考えられる。別々の組織に所属する医療従事者が連携して医療を提供する「ネットワーク医療」もこの観点からすれば、遠隔医療の一つである。

例えば、高齢者の在宅医療やケアを行う場合、訪問診療や往診を担当する「かかりつけ医、訪問看護を行う看護婦や保健婦、後方支援病院、調剤薬局、医療福祉機器メーカー、さらには福祉担当の行政官」などが連携することで、質の高い医療、福祉サービスの提供が可能になる。専門家が綿密な連携をとりながら医療やケアを提供することは、高齢化率の上昇につれて、ますます重要になるだろう。

「PDN」の活動では、ホームページの開設と連動して、機関誌等で最新の研究、情報等をすみやかに提供し、医療情報の共有化、データの標準化も図っていきたい。PDNが広く社会に受け入れられるか否かは、PDNが発信する情報が、どれだけ多くの患者、家族に貢献できるかにかかっている。そのためには、どれだけ多くの貴重な意見が寄せられるかであり、当ホームページのシステム構築を担当した責任者として、各位の積極的な参加を切望する次第である。

「PEGへのご案内」(2001年6月30日発行)より