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PEGと脳神経外科

中国労災病院脳神経外科 医長

三原千惠

●脳神経外科疾患
 脳神経外科で扱う疾患は、中枢神経系(脳、脊髄)および末梢神経系のすべての疾患ですが、一般の病院でみられるのは、主に脳及び脳神経の疾患です。実際には、脳血管障害、頭部外傷、腫瘍性病変、感染症、先天奇形など様々なものがあります。脳血管障害といえばいわゆる脳卒中のことで、クモ膜下出血・高血圧性脳内出血・脳梗塞などがあります。頭部外傷では頭蓋内の出血や脳挫傷を起こすことがあります。腫瘍性病変は脳腫瘍や神経腫瘍のことで、感染症には脳炎や髄膜炎、先天奇形には水頭症などがあります。
 いずれの疾患も意識障害や神経症状(手足の麻痺など)を起こす可能性があり、栄養面からいえば食事が摂りにくくなる場合が問題となります。

●PEGの適応 
 脳神経外科領域の栄養管理において大切なことは、疾患の種類に限らず、「意識障害を中心とした神経症状に基づいて行われる」ということです。また経過中に神経症状が変化するため、それに沿って栄養管理方法も変えていく必要があります。具体的には、意識障害や嚥下障害がある場合、口から食事を摂る経口摂取ができないため、外から栄養を投与しなければなりません。従来から、簡便に行なえる経鼻経胃的経管栄養を行なってきました。つまりチューブを鼻から胃まで挿入して、注入食を投与するのです。
 しかし長期にわたって経管栄養を行なう場合、経鼻経胃的なルートでは、1鼻やノドにチューブが当たって刺激になる、2そのため患者さんが自分でチューブを引き抜いてしまう(自己抜去)、3同じ部分に当たって皮膚や粘膜に糜爛や潰瘍を作ったり、4チューブを伝わって胃の内容物が逆流して肺炎(誤嚥性肺炎)を起こしたりといった、さまざまな問題点があります。もちろんPEGにすれば、こうした問題はほとんど起こりません。

  しかも、病気の回復に伴って意識障害や神経症状が改善されれば、リハビリテーションで経口摂取訓練を始めるわけですが、チューブが鼻やノドに当たっていては、飲み込む訓練の妨げになります。チューブを抜去して訓練すればよいのですが、いきなりチューブなしでは口から必要な栄養カロリーを十分摂ることもできません。そこでPEGがあれば、スムーズに経口摂取訓練を行いながら必要なカロリーを摂ることができるわけです。また、ある程度よくなっても、水分の嚥下が難しいことが多く、栄養カロリーは口から食べられても、必要な水分量はPEGを通じて摂取する必要がある場合があります。もちろん栄養も水分も十分経口摂取できるようになれば、その時点でいつでもPEGのチューブやボタンを抜去することができます。
 このように、脳神経外科領域においてPEGの適応は、重症の患者さんから軽症の患者さんまで非常に幅広く、有用な栄養管理方法なのです。

●PEGの問題点 
 これまで述べてきたように、長期間にわたり経口摂取が困難な患者さんに対しては、誤嚥性肺炎の予防などの面からPEGが有用であるといわれ、経口摂取までのリハビリテーションのためにもPEGが望ましいという報告が増えています。アメリカ静脈経腸栄養学会(ASPEN)のガイドラインによれば、経口摂取ができない患者さんで腹部に問題がない場合には、発症後2週間でPEGの適応があるといいます。また、日本静脈経腸栄養学会のガイドラインにも、一ヶ月くらいでPEGを造設することが望ましいといわれています。

  しかしわが国では、本人あるいは家族のPEGに対するインフォームドコンセントが早期には得られないことが多いようです。とくに脳神経外科領域では意識障害を呈している場合が多く、患者さん本人の承諾が得られないため、家族に承諾をお願いするのですが、「見た目がかわいそう」、「お腹に穴をあけるなんて大変なこと」という意見から、なかなか承諾が得られません。そのためPEGの説明や説得に時間を要し、発症から数ヶ月たってからようやくPEGを造ることになるのですが、患者さんによっては胃が萎縮して位置が上部に上がってしまい、PEGの造設が困難となることがあります。そういった社会的要因のため、本来PEGの適応となるところを、断念せざるを得ないケースが多いのが現状です。

  まず私たち医療従事者が正しい知識を持って、周囲の人たちを啓蒙する必要があると思います。私も地域病院の医療従事者や患者家族の会などに対して、たびたびPEGの講演を行なってきました。最近では、一つの病院の中で脳神経外科医と内視鏡医がうまく連携をとってPEGをスムーズに行う工夫をしたり、老人保健施設や長期療養型病院の方から、経鼻栄養より管理が安全で容易なPEGを造ってから転院して欲しいという要請があったり、私たちの努力が少しずつ報われてきたようです。
 PEGの合併症などについては、造設する時の事故(チューブの挿入がうまくいかないなど)や挿入部の感染などがありますが、造設時あるいは造設後一週間の管理をうまくすれば、ほとんど問題ないようです。もちろん熟練した内視鏡医の先生に造ってもらうことが大切です。

●これからの脳神経外科疾患とPEG
 脳神経外科領域においては、基本的には胃腸の働きは正常なので、胃から栄養を投与してあげることは生理的に望ましく、栄養管理や誤嚥性肺炎の予防のためにはPEGが非常に有用と考えられます。また神経症状の改善に伴い、PEGを利用して適切な経口訓練を行うことによって、スムーズな経口摂取までの移行が可能となります。PEGチューブ、ボタンの管理は医療従事者でなくても、慣れれば一般の方にも十分簡便に行えるので、在宅医療への移行も容易になります。しかしわが国では、今だ外面上の違和感からPEGを敬遠する家族や医療従事者が多く、医師でさえ「PEGをみたことがないので管理の仕方がわからない」という人がいます。

  近年、高齢化社会により脳血管障害の患者さんが増えていること、介護保険の導入により在宅医療が推進されていることなどから、社会的にもPEGの有用性や必要性が注目されています。今後はPEGによる利点と問題点を正しく理解した上で、誤嚥性肺炎の発生を減らすため、また患者さんの苦痛を軽減して栄養管理を正しく行うために、脳神経外科領域においてPEGを積極的に行うと同時に患者、家族、医療施設、介護施設などに対する、正しい啓蒙が必要であると考えています。
「PEGへのご案内」(2001年6月30日発行)より