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特別寄稿 (2003.5.28)

石川県臨床内科医会の会報「石川臨内報」に掲載された西村邦雄先生の随筆を、ご紹介します。
筆者の西村先生は私の先輩で、最初は胃ろうに懐疑的でしたが、実際の在宅胃ろう患者さんに触れるにつれ、胃ろう栄養への考え方が変化していく様子が克明に表現されています。
一般の開業医さんに、胃ろうをいかに受け入れられていくかを示す、貴重な証言だと思います。
                           小川医院 小川滋彦



随筆「胃瘻について思うこと」
                  
  石川県臨床内科医会理事 西村邦雄

 在宅医療を細々とやっているが、最近、胃ろうを造設している患者が三人にもなった。自分では管理できないので、胃ろうの専門家である小川滋彦先生に全面的に管理をお願いしていただいている。早期退院のために一方的に胃瘻を造設されて帰された患者を診ていたので、最初は懐疑的だったのだが、ALSの患者が胃瘻を造設して在宅医療が可能になったのを見て、悪い印象が払拭された。人工呼吸器をつけた上に、胃瘻まで造設されての帰宅には、正直驚いた。在宅での管理を病院から依頼された時の困惑は忘れ難い。風邪などで当院を受診していた患者であったし、発病からALSと確定診断されるまでの経過を聞いていた患者である。患者の妻が是非在宅で介護したいと希望しているので、了解していただけるなら、一ヶ月かけて退院準備をしたいという病院の主治医の依頼を断われなかった。

  人工呼吸器の管理は訪問看護婦に援助を依頼し、胃瘻の管理は小川先生に依頼することで引き受けることとなった。はっきり言って、人工呼吸器の気管切開カニューレの交換に気を取られて、胃瘻の管理どころではなかった。二週間に一回のカニューレの交換は緊張そのもの。挿入に失敗すれば、即座に死につながる訳で、失敗は許されない。交換にようやく慣れたのが二ヶ月を経過したところであった。少し心のゆとりが出て来たところで、腰部の褥瘡に気持ちが行くと、これが見事に良くなって来ているのである。直径約十センチ、深さ約一センチの巨大な褥瘡が小さくなっているのには、奇跡に近い思いがしたものである。手当が進歩したためだけではなく、明らかに栄養状態の改善が関与しているとしか思えない状況であった。結局数ヶ月で褥瘡は完全に治ってしまった。丁度約一年したところで、敗血症で緊急入院することになったが、これも乗り切って、再び在宅医療に戻っている。胃瘻なしでは到底ここまで回復することはなかっただろうと思う。

  二人目の患者は、今年、九十歳になった老衰に近い患者である。ともかく食物摂取量が少なく、やせて行く一方であった。点滴による栄養補給には限界があり、このままではジリ貧であることを伝えて、胃瘻の造設を勧めた。入院中に誤嚥性の肺炎で生死をさ迷ったものの、無事退院の運びとなり、現在、在宅医療で胃瘻により栄養補給を行っている。何とか在宅で十分に世話をしたいという家族の希望に沿えることができた。今では、友人の親の看護に胃瘻造設を積極的に勧めている家族である。

  延命治療にはどちらかというと消極的な方であったが、胃瘻による栄養補給が強引な延命治療に該当するとは思えないというのが現在の心境である。家族が胃瘻の取り扱いを習熟さえすれば、在宅で看病できるようになるということが、家族にとってどれだけ救いになるかが分かると、胃瘻という選択肢の存在は大きい。病院に通いながらの看病がどれだけ家族の負担になっているかを痛感しているので、その思いは強い。

石川臨内報第32号(平成14年12月発行)より許可を得て転載