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松本歯科大学公開講座 第7回摂食・嚥下障害セミナーより。

本セミナーで講師を務められた松本歯科大学准教授、松尾浩一郎先生は、摂食・嚥下リハビリ外来の責任者。医科と歯科が連携し、消化器専門の内科医・前島信也教授をはじめ、多職種のコラボレーションで摂食・嚥下リハビリ、口腔ケア、PEG(経管栄養管理)を必要とする要介護者のニーズに応えているのが、当外来。

「食の機能の専門家」として、科学的根拠に基づいた新しい方法論の確立を目指しています

Ⅱ摂食・嚥下リハビリテーションとは?
2.アメリカにおける
 摂食・嚥下リハビリテーション


松本歯科大学病院特殊歯科 摂食・嚥下リハビリ外来主任 
松尾浩一郎

(所属・役職等は発行当時のものです)

松尾浩一郎

PDN通信 24号 (2008年7月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)

摂食・嚥下リハビリにかかわる職種

図 代表的な学会員構成における日米比較
図 代表的な学会員構成における日米比較

日米ともにまだまだ黎明期にある学問といわれている「摂食・嚥下リハビリテーション」。アメリカでは1970年代から始まり80~90年代に研究や臨床が盛んになった。そして米国の21世紀の流れは「Evidence based practice」

日本ではこの領域に携わることが多いのは、ST(言語聴覚士)・歯科医師・医師・歯科衛生士・栄養士など多職種であることが多い。対して米国では歯科医師がかかわることは少ない()。

さらに正確に言うならば、アメリカの言語聴覚士はST(Speech Therapist)ではなくSLP(Speech Language Pathologist)と呼ばれる。医師から摂食嚥下リハビリの依頼があった場合、診査→診断→対応→再評価という流れの中で、診査から再評価までをSLPが受け持つ。診断や訓練方法を考えるのもSLP。日本では歯科医師が「食べる機能の専門家」として積極的に携わっているのとは大きな違いがある。

州の法律によって多少異なるものの、メリーランド州(松尾先生の留学先)では、VFを行うときに医師が関わるのは嚥下造影機器のボタンを押すことくらいで、その画像を診断し訓練計画を立案し実施するのはSLPの領域。VEにいたっては、医師が同室していさえすれば(ほかの仕事をしていても)、SLPが内視鏡を挿入してよいことになっている。

Evidence確立のために

的確に摂食・嚥下機能障害を診断し、その原因に対するリハビリテーションを実施するためには「標準化」、それが米国の流れだ。

評価に当たって、汎用性があり比較がしやすい基準を決める。そのひとつにMASA ( The Mann Assessment of Swallowing ability )―Mannの嚥下能力評価表というものがある。覚醒状態、協力性、声がけへの理解、呼吸、言語障害、唾液、舌の可動などの項目をそれぞれ状態に応じてスコアリングし、200点満点中177点以下で嚥下障害を疑うというもの。ほかのスクリーニングとあわせ、外から見た情報で嚥下障害の疑いのある患者をピックアップするのに役立っている。

ここでは誤嚥の有無や障害のメカニズムまではわからないので、次に機械を用いた検査を実施する。ちなみに米国では造影剤も標準化されており、日本のようにとろみ剤を入れて粘度調整をしなくても、4段階の粘度のものが製品として用意されている(これらの製品は、日本ではまだ認可されていない)。

VF(米国ではVFSS-Videofluorographic Swallowing Study-と呼ばれている)を実施する際、米国では口腔期(咀嚼)よりも咽頭期(嚥下)および食道期を重点的に診る。評価・診断において「誤嚥は障害の結果」という位置づけで、障害の原因からその対策を探っていく。ここでも数値による評価、重症度分類の確立が重視されている()。

摂食・嚥下障害はその原因も状態も個別性が高いため、確立するのはなかなか難しいが、分類に求められるのはReliability(再現性:何度行っても同じ結果になる)とValidity(妥当性:的を得た信頼性)。嚥下造影の結果をPenetration-Aspiration Scale(Rosenbekら 1996年)に照らし合わせ重症度を決定し、治療方針の決定に活かしている。

表 Penetration-Aspiration Scale(from Rosenbek ,et al 1996)
カテゴリ スコア 記述
喉頭侵入なし 1 造影剤が気道に入らず
喉頭侵入 2 造影剤が声帯よりも上のレベルで喉頭内侵入するが、喉頭内に残留なし
  3 造影剤が声帯よりも上のレベルで喉頭内侵入し、喉頭内に残る
  4 造影剤が声帯に接するが、嚥下後に喉頭内に残留なし
  5 造影剤が声帯に接し、嚥下後に喉頭内に残る
誤嚥 6 造影剤が声門を通過するが、見えるような声門下の残留はなし
  7 造影剤が声門を通過し、患者のむせもあるが、声門下に残留あり
  8 造影剤が声門を通過し、患者のむせはなく、声門下に残留あり

訓練に必要なもの

障害の原因や重症度が判定されると、それへの対応としての訓練が必要だ。間接訓練のひとつである感覚強化として日本でもよく行われているアイスマッサージ(Thermal Dtimulation)は、短期的には効果はあると報告されているものの、リハビリテーション効果は科学的に立証されていない。

効果の認められている筋力強化訓練のひとつが頭部挙上訓練(Shaker訓練)。仰臥位で1分間頭を挙げ1分休憩を3セット、頭の上げ下げを30回行う。舌骨上筋郡を意識して強化させる方法だ。舌筋力訓練(嚥下時の舌圧を増強する)専用の機械もあり、いずれの方法も訓練後には誤嚥の減少が報告されている。

中枢神経系の嚥下領域への刺激のメカニズムは、今後、更なる研究の余地があろう。「二つのものに相関関係があるとき、そこに因果関係があるとは限らない」ということに注意して、科学的な根拠と論理性をもって訓練方法を検討してゆくことが重要である。

各種訓練の適応と目的、障害の原因や病態を理解したアプローチが、科学的に裏打ちされた治療、嚥下リハビリテーションにつながるのである。

PDN通信 24号 (2008年7月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)