飛田洋さん

なにくそ!俺はここにいる151

京都府 飛田洋さん(71歳)

飛田洋さんは、平成10年11月に脳梗塞を発症しました。

完全四肢麻痺、構音障害、嚥下障害を認め、入院中に胃ろう造設術、気管切開術が施行されました。平成12年6月に在宅へ移行され、かすかに動くようになった指先でパソコンを操り、創作活動を続けています。

毎日書きためたものは、月刊誌としてまとめられ、製本されています。

【雑文暴論】⇒バレンタインと雛祭り

私の青春時代にチョコを贈る習慣などなかった。もちろん
ホワイトデーもない。クリスマスも一部のクリスチャンや
特権階級が祝い、庶民は師走の街で正月準備に走り廻って
いた。万博景気の後からか?商業ペースに乗せられ余裕が
出来たのか妻子持ちの私まで配布しだした。その陰で日本
古来の雛祭りを祝う家庭や花祭り行事もせぬ寺ががあるの
は、嘆かわしい。余談だが節分の恵方巻のまるかじりを
あたかも関西の風習であるかの如く、関東のTVが報じて
いたが、最近は知らないが、はしたなく食べる女性の姿を
一人として私は見た事がない。関西も近畿も広いですよ。

文明開化じゃあるまいし西洋かぶれは日本らしさを失くす
気がする。伝統を守ろう。

【俺流・文句と違う・ぶんくやで】

※ 努力せぬ マイナス思考 チヨー怠け

※ 批難だけ 目立つ野党は 知恵しぼれ

※ テロ動画 見られぬ我は しあわせよ

※ 斬られ役 決まり通りに 血にそまり

※ この寒さ 春まで続くに ちがいない

※ 動けない ベッドの主は 散らかさず

※ 議論せず 明日我が身の ちいささよ

しばらくの寒さと我慢して、今月も作品を送ります。

月並ですが、皆様のご健康をお祈り申し上げます。

平成27年3月1日(日曜日)

飛田 洋

<< 夢のかけら >>

<< ひまなのだ >>


二行きめる
『一』
生きる目安が  あるならば
まむし酒でも  飲んでいる
 夢のかけらが  あるでなし
サプリ流行の  この世だが
下手に長生き  したくない

『二』
痛いことには  へたれには
死への勇気は  持ちかねる
 夢のかけらも  ないままに
朝は来るけど  あてもなく
一人パソコン  いじるのみ

『三』
生きる権利と  云うものか
そんな資格が  どこにある
 夢のかけらは  欲しいけど
義務も責務も  果たせずに
下手な理屈は  ならべまい


二行きめる
『一』
我流なれども  ワタシの詞
下手な意欲と  意思がある
 金・金・金と  追うよりも
金より苦手な  ものがある
実はなにより  ひまなこと

『二』
師匠持たぬが  この手の詞
理解されぬが  書きまくる
 夢・夢・夢に  酔うよりも
夢より得難い  やすらぎが
妻とくつろぐ  ひとときさ

『三』
変化なくとも  ワタシの詞
記憶たよりに  つづいてる
 恋・恋・恋は  ご無沙汰で
恋した思い出  呼びもどす
程にむなしい  ひまつぶし


<< こんな立場 >>

<< ろくでなし >>


二行きめる
『一』
こんな立場に  なったのを
後のまつりと  悔やんでる
トコドッコイ  ドッコイナ
『二』
不便不自由は  あるけれど
不平ためても  はじまらぬ
トコドッコイ  ドッコイナ
『三』
こんな立場は  こうなれば
仕方ないよと  耐えるだけ
トコドッコイ  ドッコイナ
『四』
不足不満にゃ  見向きせず
不惑なんだよ  これからは
トコドッコイ  ドッコイナ
『五』
こんな立場に  負けないで
プラス思考で  なにくそだ
トコドッコイ  ドッコイナ
『六』
不運不幸じゃ  あるけれど
不遇なんかで  あるものか
トコドッコイ  ドッコイナ


二行きめる
『一』
他人の嫌がる  ことをする
 バカタレ野郎  ろくでなし
こんな病気で  なかったら
そんな調子に  行くものか
 何も云わずに  させてるが
 君はサイテー  下の下の下

『二』
他人を労りいたわり  きくばれぬ
 イチビリ野郎  ろくでなし
見掛ばかりは  良かっても
天知り地知り  ボロが出る
 俺のものさし  メガネでは
 今はサイテー  下の下の下

『三』
他人を信じて  かせない
 スカタン野郎  ろくでなし
更に云うなら  やじったら
知識あるのに  知恵足らず
 僕がやるぞと  りきんでも
 評価サイテー  下の下の下


<< 僕はこれでもしあわせさ >>

<< 二行きめるの詞について >>


二行きめる
『一』
ご覧のとおり  見たとおり
 不便不自由で  明け暮れる
見込ないまま  生かされて
夢のかけらも  ないけれど
 いつも貴女の  世話になり
 僕はこれでも  しあわせさ

『二』
ご覧のごとく  見たごとく
 目玉ばかりは  はげんでる
雨は聞こえて  見られない
牢屋みたいな  部屋だけど
 だけど貴女は  飛んで来て
 僕はこれでも  しあわせさ

『三』
ご覧のように  見たように
 世間しないと  ひきこもる
魔法かけたり  したりして
暗示せずには  いられぬが
 いつも貴女が  いるかぎり
 僕はこれでも  しあわせさ


二行きめる
『一』
二行きめるの  詞について
 稼がぬ歌詞と  言うけれど
 稼ぎ出す気は  あるものか
二行きめるに  代えたのも
 過去に未練を  持たぬため
 今を生きると  決めたから

『二』
二行きめるの  ペンネーム
 以前は知らぬ  はずだから
 テーマ仕上り  マイペース
二行きめるを  売る気など
 砂のつぶほど  有り得ぬと
 時間つぶしに  明け暮れる

『三』
二行きめるの  詞について
 変らぬ流れと  言うけれど
 刺激ないので  悪しからず
二行きめるは  だからして
 一人あそびは  十八番かな
 誰の邪魔など  しておらぬ


主治医より一言

<<僕はこれでもしあわせさ>>

 安楽死や尊厳死と云う言葉をよく聞きますが、個人によって幸せの尺度が違うように、本人以外が定義し運用するのは難しいですね。