飛田洋さん

なにくそ!俺はここにいる185

京都府 飛田洋さん(75歳)

飛田洋さんは、平成10年11月に脳梗塞を発症しました。

完全四肢麻痺、構音障害、嚥下障害を認め、入院中に胃ろう造設術、気管切開術が施行されました。平成12年6月に在宅へ移行され、かすかに動くようになった指先でパソコンを操り、創作活動を続けています。

毎日書きためたものは、月刊誌としてまとめられ、製本されています。

■ハンサ・無責任/二行きめる個人の見解

《てんぼう・2》 平成30年7月1日(金曜日)


 今の世みたいに救急車が走り回り、ドクターヘリが飛ぶ有り難い

 時代と違い、医者、医者と騒いでも、田舎の村に石屋があって
も医者はすぐとはいかない。とうとう当時の挿絵によるとジャンケンの
グーみたいに、片手は握ったままであったそうだ。

 

 長じて小学校に上がると《てんぼう》《てんぼう》と相手になられた
り、虐められたり、でも英世は自殺など考えず、勉学に励み、アメリ
カで医学を修めアフリカに渡り、黄熱病の研究で世界的権威にな
り、凱旋帰国して母親に孝養をつくしたとか。

私は偉くはなれなかったが親孝行の真似事はしたつもりだが、どう
だかわからない。なにしろ学童時代のカバヤ文庫の記憶です。違っ
ていたら、ご免なさい。正しく詳しくは伝記書をお読み下さい。

 今私の両手は、その《てんぼう》もどきになっています。暑くなり、
汗で拳骨を握ってる様にグーになります。寒い朝方はPCをする為
に軍手を着用して、寒暖併用で指の萎縮の進行に抵抗してる。


 ある日の介護入浴で初見《新人でない》女性が指の一本一本
を広げ丁寧に垢こすりを始められたのです。普段二、三本のまとめ
洗いで、それが普通と思っていますから驚きました。砂漠でダイヤを
見つけた感じでした。来るたびに足の爪を切ってくれるナースさん、
色々工夫するアイデアマンのドライバー、新米ナースを仕切るヘル
パーさん。個性を活用できる人は良いですね。事情があり、眼を
閉じ耳を澄ませて、気配だけの人間観察をしている昨今です。

 

そこで  《なにげない 幸せ見つけ 過ごす日々》  だってさ

■ ハンサ・無責任者の川柳風《二行詞》


・横車 ななめに押せば どう向かう
        パワハラもどき 聞いてあきれる

・トランプの トラブル数え ひまつぶし
        失言なのか コントに成るな

・雨漏りに 戦後暮らしを 思い出す
        ネズミが走り 騒ぐうるささ

・云い出せば 切りがないない 介護風呂
        文句云うより お世話さんどす

・怒るなと 言うより俺を 怒らすな
        何もなければ 借りてきた猫

・くだらない 三面記事の ワイドショー
        見たい見べきの 少なき事よ

・そう言えば 姿見ないな 家ネズミ
        五円だったか 捕獲のほうび

・何食わぬ 顔で通じを 悩んでる
        美女も野獣も 人間おなじ

・ネタ元は モデルはいるが 特に秘す
        壁に耳あり 障子に目あり

・ひさびさに テレビで見たよ お富士さん
        美人だったと 聞いてはいたが

・きずぐちに しみる熱さが 俺は良い
        ぬるい風呂なら 時間がかかる

・吟遊の 暮らしであれば 良いけれで
        此処に居た切り 寝たきりではな

・一つ指示 倍のお返し いやどすな
        言わぬが花を 思い出させる

≪四文字熟語≫

≪人間の観察≫



一進一退    ガチンコ勝負
四文字よんもじ熟語で  御座います
 こうだああだの お叱りならば
 嫌になる程   聞きました
 右から左と   軽く流さず
 ああ努力工夫で 生きて来た


正々堂々    真っ向勝負
四文字熟語で  御座います
 何だかんだの  世間の噂
 みんな薬に   参考に
 悪いか良いかの 判断困りゃ
 ああ試行錯誤で 生きている


臨機応変    出たとこ勝負
四文字熟語で  御座います
 四角四面を   とに角丸く
 角を立てずに  世を泳ぐ
 俺はこのまま  信念通り
 ああ初志貫徹で  生きて行く



馬鹿正直な   極楽とんぼ
貧乏籤の    お人好し
 他人ひとは色々   言うけれど
 歩いた道程   悔いはなし
  反省ならば   当然も
  理想述べたら  切りがない


馬鹿正直な   極楽とんぼ
貧乏籤の    お人好し
 他人は何かと  けなすけど
 泣かした仲間は いない筈
  現れたなら   その人は
  思い違いで   悪しからず


馬鹿正直な   極楽とんぼ
貧乏籤の    お人好し
 金と女に    苦労せず
 食と職とが   悔いの種
  昔の事を    追い掛けず
  今を嘆かず   生きて居る


≪ペグで食事≫

≪後のまつり≫


『一』
ペグで食事は  重宝だ
食事であること わからない
 テレビに夢中で 熱中で
 朝から何やら  気楽だね
創作無茶な   為なのか
 常に使える   ネタさがし

『二』
ペグで食事の  ながら族
食事であること わからない
 PC命で    三昧も
 医学の進歩に  乗れたけど
人生一度で   束の間だ
 だから死ぬまで 生きてやる

『三』
ペグで食事を  流してる
食事であること わからない
 小さな不便を  我慢して
 老いにも従がい 不服ない
平凡平和の   退屈は
 虫が良すぎる  贅沢だ


『一』
戻りたいけど 昔には
戻りたいけど 戻れない
若い時間が  懐かしい
 老いの一徹  主義主張
 努力工夫は  過去の日々
 後のまつりで ござんすよ

 『二』
一人ぼっちで  気楽だと
一人ぼっちで  閉じ籠り
TV、PC   マイペース
 お蔭様です   のんびりと
 悠々ゆとりで  楽しても
 後のまつりは  ござんすよ

『三』
喋れないのが  身の運命
喋れないのが  やるせなく
夢と見込は   ござんせん
 嫌な未練を   相棒に
 中途半端を   生きやすが
 後のまつりで  ござんすよ


主治医より一言

《てんぼう・2》

 あらためて《てんぼう》を調べたところ野口英世が左手に大やけどして、指が全部くっついたために“手ん棒”と云われていたそうですね。すっかり、忘れてました。後にアメリカ帰りの渡辺かなえ先生に手術をしてもらい、左手が自由に使えるようになり、それがきっかけで医師の道に進んだそうですね。高い志を持って職に就いた人、特に在宅医療現場では、あらゆる職種の人々が在宅患者を支えているのでその差を実感されたんでしょうね。(岡野拝)