HOME > 患者・家族 体験記 > 野田 久人さん

妻の「PEG」(栄養補給法)との出会い

●はじめに

一般には、鼻にチューブを通して栄養を補給することは多くの人に知られていることですが、この「PEG」による補給の方法は私はもちろんのこと、私の周囲には誰1人知っている方はいませんでした。

そのようなこともあり、口から食事を摂ることが出来ない患者さんやご家族の皆様方に何かの参考になり、お役に立てればと思い、妻の「PEG」との出会いについて申し述べることにしました。そのためには、まずはじめに妻の病状から触れたいと思います。

1.妻の病状

当時60歳であった妻が特別養護老人ホームに入所したのは、平成9年5月。平成12年6月までの約3年余りお世話になっておりました。病気はアルツハイマー病で、発病したのは平成5年のはじめ頃でしたので、発病してから4年後に特養ホームに入所したことになります。

夫である私自身は、出来得る限り介護は自宅でやるべきだと思っていましたので、仕事をやりながら、平日は朝・晩、休日は昼・夜と通い、主に食事介助の手伝いをしておりました。

そのような中で、妻の病状は急速に進行し、約1年後には車椅子、おむつが必要になり、入浴も機械浴となってしまいました。食事も、入所当時は自分で箸を使って食べていましたが、手指が動かせなくなり、同時期に食事の介助が必要になったと記憶しております。会話は入所した時から出来ませんでしたが、童謡などはよく歌っておりました。

それから更に半年経過した平成11年の初め頃から、食事の介助をしても主食、副食はもちろんのこと水分まで飲み下せないようになってきました。このようなことで食事時間も朝食約1時間半、夕食は約2時間を要するほどでした。しかし、私は口から食べるものに勝るものなしという信念で介助に全力を注いでおりました。

そのような状態であった2000年6月はじめに体調を崩し(嘔吐、下痢、発熱)、特養ホームに近い病院に緊急入院し、腸炎と脱水症との診断で、そのまま入院治療を受けていました。前置きが長くなりましたが、これからが本題の「PEG」との出会いになります。

2.「PEG」との出会い

妻が入院治療を受けた結果、腸炎、脱水症は約1週間でよくなりましたが、その後も3週間ほど胃液、腸液等の逆流(嘔吐)があり、鼻からチューブを入れて、抜く処置をしていただいていました。食事は口から食べることができず、静注点滴のみで補給しておりましたが、それでも間欠的に嘔吐がありました。そのような状態が続いたため、旧知であった東京慈恵会医科大学のS先生に相談に参りました折、「PEG」という栄養補給の方法があること、これは胃に直接栄養剤を注入する方法で、しかも患者の苦痛が少ないことなど利点も多いから、この方法で対応したらどうかとのご意見を頂きました。この方法は、初めて聞くことで驚きましたが、その場で是非とお願いした次第です。

この話をお聞きしたときは、干天の慈雨と申しますか、暗やみから日がさしたように希望が沸いてきたことを憶えております。早速、外科の鈴木裕先生をご紹介して頂き、数日後転院し、「PEG」を施行して頂きました。これは、内視鏡により、おなかに小さな穴(直径5~6ミリ)を開け、シリコン樹脂製(ボタン付)の小さな器具を取り付けるだけのもので、準備を含めて約10分で終ったと思います。

私も立ち会わせて頂きましたが、外科の鈴木裕先生と内視鏡の先生、看護婦さん数人による見事な手さばきで、一瞬と思える程の早さでした。造設後は、鼻からチューブが抜け、あんなに咳こみ、痰が出ていたのがウソのようにすっきりし、妻の顔色も見違えるほど良くなりました。

造設後の3日目より、日本の製薬メーカー製造の栄養液を点滴の袋に似たビニール袋に入れ、その袋からのチューブを「PEG」のボタンを開け、接続するだけの簡単な操作で栄養剤が注入されました。あまりにも簡単に栄養を補給できるので、驚きました。その後、経過も良好で、看護婦さんからケアの方法もしっかり教えていただき、不安もなく退院いたしました。

なお、退院後は再び特養ホームに戻れればと思っておりましたが、妻のお世話になっていた特養ホームは医療行為の必要な人は入所できない制度になっているとのことで、退所を余儀なくされました。幸いなことに、私は定年で仕事を辞めておりましたので、自宅で妻の介護に専念しております。

3.「PEG」の長所

さて、肝心なことを申し遅れましたが、次に「PEG」の長所について、鈴木先生からお聞きしたことを鼻から栄養を補給する経鼻チューブ方式と比較しながら、簡単に列記してみたいと思います。

(1)「PEG」の特徴
器具の操作が簡単で誰でも出来る。腹部のボタンを開け、チューブを接続するだけで、在宅で安心して栄養補給ができる。(介護負担の大幅な軽減)
口から食べられるようになったら、「PEG」を抜き取ることができる。穴は約3時間で元のように閉じる。
入浴も支障がない。消毒も不要。(ピアスと同じ感覚)
社会生活がし易い。人目を気づかうこともない。人工肛門のように社会生活が可能になる。

(2)経鼻チューブの場合との比較
鼻からのチューブの交換は、概ね月に1回であるが、「PEG」の交換は約半年毎の交換で済む。その際は、外来もしくは在宅で麻酔もなく3分程度で交換できる。
経鼻チューブは管が細いため詰まる場合があるが、「PEG」は管が太いためそれがない。
鼻からチューブを胃へ挿入する際、気持ち悪くなる場合が多いが、「PEG」はそれがない。
鼻からチューブが適切に胃の方へ届いているか、栄養剤の注入前に聴診器で確認する必要があるが、「PEG」はそれがない。
鼻からのチューブは、顔や耳にテープ等で固定する必要があるが、「PEG」はそれがない。
鼻からのチューブは、唾液を飲み込むのさえ苦しくなったり、不快感のために本人が抜き取ってしまうことがあるが、「PEG」は、違和感、苦痛、不快感もないため、安全。
鼻からのチューブは、胃液の逆流とチューブによる炎症が起き易いが、「PEG」によるチューブは胃炎、食道炎、鼻炎が発生しないため、肺炎になりにくい上、胃液の逆流が殆ど発生しない。

「PEG」の欠点をあげるとすれば、おなかに小さな傷が残ることくらい。

(3)その他
「PEG」の利点が多いことから、欧米の「PEG」の普及率は日本より断然高い。
胃に穴を開けるということで、日本人は比較的敬遠しがちだが、本人にも苦痛を与えず、こんなに簡単に「PEG」を造ることができる。
「PEG」は、患者さん本人が食べられるときは口から食べ、不足分を「PEG」からの栄養剤で補充する。という使用法もできるので、鼻からのチューブと違い便利である。

※自宅での「PEG」による栄養補給について

「PEG」による栄養補給は、1日朝、昼、晩の3回。与え方は1食分の栄養剤を専用の袋に移し替える。

「PEG」のボタンを開け、チューブを接続する。次に点滴のように数秒おきに栄養剤が落ちるようセットする。ここまでに要する時間は、約5分。1回の注入時間は患者さんによって異なるが、妻の場合は、昼間も90%眠っている状態のため、1回につき約3時間~4時間かけている。一般的には、所要時間は1回(400cc)につき2時間前後。「PEG」はこのように素晴らしい長所があるもので、妻はもとより介護者である家族にとっても負担が大幅に減少しております。

●おわりに

私が特養ホームに3年余り通って一番大変だったことは、おむつ交換でもなく、車椅子に乗せることでもなく、まさに『食事の介助』でした。妻も車椅子で長時間の食事を強要され、私と同様疲れていたことと思います。このように身を持って体験し、苦労しましたので、「PEG」で自宅介護になってからは今までのような食事介助が不要となったことにより、『私自身のストレス』も大幅に解消し、お陰様で私自身の体調もよくなってきております。これも「PEG」に巡り合えたお陰と感謝にたえません。妻は退院5カ月後の採血の結果、栄養状態は満点と太鼓判を押していただいています。

現在妻のアルツハイマー病は進行しており、声も出せず、手足を動かすことができず、完全に寝たきりの状態ですので、今では施設ではなく『自宅で介護』し、見守ってあげるという最良の環境となりました。更に昨年4月から介護保険制度の導入により、在宅サービスも整備され、大変助かっております。

以上、妻の「PEG」との出会いを述べさせていただきましたが、つたない文章で大変恐縮です。最後になりましたが、この新しい医療によって、口から食事を摂ることが出来ない方々のために「PEG」との出会いがあることを心から願い、ペンをおきます。

筆者:野田 久人(夫)

施術者:妻(64歳)

アルツハイマー
PEG歴:1年