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胃瘻との出会い

●「痴呆だから抑制」は当り前ですか?

なぜ、胃瘻を選んだか。それは交通事故に起因する嚥下障害のためである。主人は頭蓋骨骨折、脳挫傷、硬膜外および硬膜下血腫のために生死をさまよい、九死に一生を得た。が、全身は衰弱し、ものを飲み込むことすらできなかった。次第に回復し、栄養投与が点滴から経管栄養に変更となった。経鼻チューブからの栄養剤注入である。

このころ、まだ意識ははっきりしていなかったが、鼻からの管は苦しく、うっとうしくて、何度も自分で引き抜いていた。仕方がないので改めて挿入するのだが、鼻はただれてしまい、入れるときには非常に痛がり、苦しむのである。何度も繰り返せば鼻腔や咽頭が炎症を起こしてしまうし、看護婦さんの手間もかかるので、経鼻チューブを鼻や頬でテープ固定させた。注入が終わっても顔にぶら下がっている状態であった。昼間は本人も我慢して抜かないのだが、夜、どうしても無意識のうちに抜いてしまう。そのため、ベッドの柵に腕をくくられていた。

東京のある病院では、幅の広いベルトで胴と腕を固定されていた。車いすでも抑制を受けたため医師や看護婦に相談したが、はっきりと「痴呆だからあきらめて」と言われ、非常にショックを受けた。「鼻から何回も管を入れられて生きた心地がしない。」「胃の中で管がスルメの足の様に踊っている。」「車いすやベッドの上ではりつけにされているようだ。」「気持ちが悪いから早く抜いてほしい。」

このころ、主人が何度も繰り返していた言葉である。家族がそばにいれば抑制を受けなくてすむので、とにかく時間が許すかぎりは病院に通っていた。抑制のつらさからか、精神状態が不安定になり、時々おかしな言動や行動をとるようになった。夜と昼を取り違え、同じ部屋の入院患者さんに迷惑をかけたりして、ナースステーションに移されたこともあった。何度か看護婦に相談したが、「痴呆ですよ、わからないのですか?」と当然のように言い放たれた。病院に行くといつも、ベルトをつけられて車いすの上でうなだれ、目の下に真っ黒なクマのできた主人がいた。経鼻チューブを左右の鼻に交替で入れるため、両方の鼻は変形してしまった。何よりも、表情が変わってしまっていた。笑うことがなく、いつもむっつりとしていた。

●「一緒に温泉にいこう」娘の一言で決断

主人も私も気が重い日々が1ヶ月以上続いた。「急性期が過ぎ、もう慢性期です。これ以上は麻痺の回復は難しい」と担当医に言われた。そして、在宅に向けてのリハビリテーション目的にて東京都リハビリテーション病院に移った。ここでは抑制をされず、主人の表情が変わり始めた。転院してまもなく、胃瘻の話があった。前の病院でケースワーカーに話は聞いていたが、具体的なことは何も知らなかった。胃瘻の造設は慈恵医大の木村先生が担当してくださることになり、説明を受けた。

内視鏡的に胃瘻を造ること、リハビリテーション、衛生的、美容的、在宅での介護に都合が良いこと、アメリカでは歴史がある方法で、近年日本でもかなり普及していること、合併症としては、大腸などの消化管や肝臓などを刺してしまう誤穿刺による腹膜炎や出血、術後胃瘻チューブを自分で引き抜いて起こる腹膜炎などを知った。この頃から主人は食事をしたいと言い出したし、ちょうどいい機会かもしれない、長い目で見てこれからの生活をしやすいだろう、苦しまなくてすむだろうからと、やってもらいたい気持ちはあった。また、命を助けてくださった先生も「胃瘻はぜひつけてもらいなさい、いつか取れるときがくるから。」とおっしゃった。一方で、万に一つの失敗があると思うと気が引けた。本人が乗り気でないということもあった。過去に胃の手術をした際に合併症で苦しんだ、というトラウマがあったからである。

しかし、そんな主人は娘に説得された。「一緒に温泉に行こう」と言われたそうである。手術が無事終わって、経鼻チューブのせいで食道炎になっていたことがわかった。経鼻チューブのままでは物を飲むのも苦しかっただろう。残胃が小さく、肋骨が出っ張っているので残胃と十二指腸の吻合部に胃瘻チューブが留置されたとの説明を受けた。術後、経口摂取は流動食から始まり、今は在宅で量は少ないが普通の食事を摂れるようになった。表情は明るくなり、よく話をするようになった。

●家族(介護者)からみた胃瘻

胃瘻にして、主人の生活は大きく変わった。今は、食べる量は少ないが、栄養不足になることはない。顔色は良く、肌もきれいになった。移動や着脱・入浴など、介助の面でもかなり安心で楽である。本当に胃瘻にしてよかった。逆に、問題点もいくつかある。患者本人としては、時に胸やけして苦しいこと、排尿の回数が増えて注入の途中でいきたくなること、しかし胃切除術を受けているため、急いで注入することはできず、時間がかかってしまうことなどである。このようなことから、栄養価が高く注入時間が短くてすむような栄養剤があればいいと考えたりする。

介護者としては、気をつけてはいても、薬を注入する際など、圧力で先端のアダプターが胃瘻チューブから外れてしまうこと、注入後に閉めるときは息を吐くのを見計らわないと液が逆流してしまうことなどで困ることがある。そのほか、骨折や白内障の手術で入院したとき、科によって看護婦さんが方法を把握しておらず、手間取ることもあった。それでも胃瘻にして、本当に良かったと思う。散歩をして、風呂に入り、食事をとることができるようになったと、主人は喜んでいる。リハビリを続けて、いつかはこの胃瘻を取れるようにすることが、私たちの目標である。


施術者:関口 一郎(67歳)

脳挫傷/左片麻痺・嚥下障害
PEG歴:1年10ヶ月

筆者:関口 素子(妻)