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第2回   嚥下障害ー診断と治療ー

初台リハビリテーション病院
(元東京慈恵会医科大学リハビリテーション科)
大熊るり先生




「食べる」ことは人間の基本的欲求であり、また日常生活の中の大きな楽しみの一つです。摂食・嚥下障害は、この欲求を楽しみながら満たす手段を奪うものであり、医療者としては今後真摯に取り組んでいかなければならない大きな課題の一つです

【摂食・嚥下障害とは】

文字通り、摂食=「食べること」と嚥下=「飲み込む(食物を口から胃へ送り込む)こと」の障害であり、何らかの理由で「食べられない」状態のことです。
 「食べられない」ことには、
・食べたくない:拒食
・噛めない:歯科的問題
・飲み込めない、ゴックンができない:嚥下困難
・飲み込めるが誤って肺の方へ行ってしまう:誤嚥
・胸につかえる:食道通過不良
など複数の要素が含まれます。特に問題となるのは嚥下困難と誤嚥です。

1.摂食・嚥下障害の原因

「摂食・嚥下障害」という疾患(病気)はありません。原因となる疾患があって出現する「症状」の一つです。食物を認識し→口腔へ取り込み→咀嚼し→舌で飲み込みやすいかたちに整え→咽頭・食道へと送り込み→食道から胃へ送る。この過程のどこか一カ所でも障害されれば摂食・嚥下障害となるのです。ただし、摂食・嚥下障害は単一の原因で起こるものばかりではなく、複数の原因が絡んでいて、主原因が何かよく判らないことも多いので注意を要します。


2.原因となる疾患の分類


嚥下障害の原因は、大きく次の三つに分けられます。

器質的原因:食物の通路の構造に問題があり、通過を妨げている。口腔、咽頭、食道の炎症や腫瘍などによるものが多い。(表1)

表1 摂食・嚥下障害の器質的原因

口腔・ 咽頭
・舌炎,口内炎,歯槽膿漏
・扁桃炎,扁桃周囲膿瘍
・咽頭炎,喉頭炎
・頭頸部腫瘍(口腔・舌癌,上顎癌,咽頭癌)
・外からの圧迫(甲状腺,腫瘍,頸椎症など)
・その他
食道 ・食道炎,潰瘍
・食道の蛇行,変形,狭窄
・腫瘍
・食道裂孔ヘルニア
・外からの圧迫(頸椎症,腫瘍など)
・その他


機能的原因:食物の通路の動きに問題があり、上手く送り込むことができない。脳血管障害や神経・筋疾患などが原因となる。加齢も機能的原因の一つとなる。(表2)

表2 摂食・嚥下障害の機能的原因
口腔 ・ 咽頭 ・脳血管障害,頭部外傷,脳腫瘍
・脳膿瘍,脳炎,髄膜炎
・錐体外路疾患
パーキンソン病,線条体黒質変性症,進行性核上性麻痺など
・脊髄小脳変性症
・運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症,進行性球脊髄性筋萎縮症
・多発性硬化症
・末梢神経疾患
ギラン・バレー症候群,糖尿病性末梢神経炎など
・筋疾患
筋ジストロフィー,多発性筋炎など
・神経筋接合部の異常
重症筋無力症
・加齢に伴う変化
・その他
食道 ・食道アカラジア
・筋炎
・強皮症,SLE
・胃食道逆流
・その他


心理的原因:摂食の異常や嚥下困難を訴える患者のうち、理学的所見や検査上明らかな異常が認められない場合は心因性疾患を疑う(表3)
 また、疾患ではありませんが、薬剤の副作用(向精神薬、抗コリン剤、鎮静剤など)や、義歯の問題(合っていない、持っていない)等も摂食・嚥下障害の原因となりえます。

 

表3 摂食・嚥下障害を訴える心因性疾患と症状

・摂食障害
神経性食欲不振症,異食症
・咽頭異常感症
心気神経症 
・嚥下困難
ヒステリー,うつ病
・嘔気,嘔吐,胸やけ
心身症(ストレス性胃潰瘍,神経性胃炎)


【摂食・嚥下障害の評価】
1.ベッドサイドでの評価法

1)嚥下障害を疑う症状
  嚥下障害の存在を疑わせる臨床症状としては、表4のような項目があります。これらの症状を認めた場合は、より詳しく評価を行います。食事場面を実際に見ることができると、より多くの情報が得られます。

表4 嚥下障害を疑う徴候

  声質が変わっている
唾液が飲み込めず出している
常にのどがゴロゴロしている
痰が多く汚い
発熱や肺炎を繰り返す
食事中にムセる、咳が出る
食事に時間がかかる
食後に痰や咳が増える
食事をすると疲れる
食欲がない

2)病歴聴取
これまでに脳卒中や神経筋疾患などの嚥下障害の原因となるような病気にかかったことがあるか、これまでの摂食状況(以前からよくムセていた、突然ムセがでるようになった、最近食事に時間がかかっていた等、特に高齢者で)、肺炎の既往等につき、よく話を聞きます。また、向精神剤、抗コリン剤、筋弛緩剤など嚥下に悪影響をおよぼす薬があるので、現在飲んでいる薬があるかどうかもチェックします。

3)全身状態および身体所見
発熱の有無、呼吸状態、痰の量などについてチェックします。また、重篤な心疾患、消化器合併症がないかなども確認します。血液検査やX線検査の結果も併せて評価します。
意識レベルは嚥下訓練開始の指標になります。意識は嚥下機能に大きく影響するため、軽度の意識障害も見逃さないように注意します。
脳神経所見も嚥下機能に関連するため、三叉神経,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,舌下神経につき、口腔内や舌の知覚、口唇・舌の運動、軟口蓋の挙上、咽頭反射などの所見をチェックします。

4)スクリーニングテスト
a.反復唾液嚥下テスト法(Repetitive saliva swallow test ; RSST)
ベッドサイドでの簡便な嚥下障害スクリーニング法の一つで、30秒間に可能な空嚥下(唾液をゴックンと飲む)の回数を測定するものです。30秒間に3回以上観察されない場合は何らかの嚥下障害があると考えます。
b.嚥下負荷テスト
ベッドサイドでの嚥下負荷テストとして30mlの水を飲んでみる「水飲みテスト」がありますが、嚥下障害が重度で誤嚥のリスクが高い場合には30mlの飲水は危険です。そこで、水の量を3mlにした改訂水飲みテストや、約4gのプリンを食べさせる食物テストが考案されています。いずれも嚥下反射の有無やムセ、呼吸の状態を観察しますが、ムセのない誤嚥(silent aspiration)の判定は難しく、これが疑われた場合には嚥下造影などの検査が必要となります。

5)その他のチェックポイント
a.気管切開とカニューレ
気管切開の有無、気切があれば装着されているカニューレの種類が嚥下に大きな影響を与えます。気切カニューレには利点もありますが、嚥下への悪影響など問題点も多くあります。特にカフ付きカニューレの場合は、全身状態や喀痰量をみながら、可能な限りカフなしスピーチカニューレ、ボタン型(レティナ)カニューレへ変更します。カニューレの刺激で分泌物が増加していることもあり、カニューレの変更や抜去で喀痰量が減ることもしばしば経験します。
b.口腔内のチェック
嚥下障害があり口から食べていない場合、「食べていないから」と口腔ケアを怠ることが少なくありません。口腔内が不潔だと、虫歯や歯周病の原因になるだけではありません。絶飲食の状態では口腔内に細菌や真菌が繁殖しやすく、そのような状態で唾液を誤嚥すれば、誤嚥性肺炎のリスクは当然高くなります。そのため、たとえ食べていなくても常に口腔衛生に気を配る必要があります。
また疾患の急性期などに義歯(入れ歯)をはずし、そのままになっていることがしばしばあります。急性期だからといって義歯をはずしたままにしておくと、いざ食事を開始しようとした時に不適合を起こしやすく、まったく使えなくなることさえあります。ある程度全身状態が落ち着いたら、義歯を装着します。 


2.検査法
嚥下運動(特に咽頭期・食道期)は外部から観察しにくく、身体所見のみで障害の程度を評価することは難しいのが実情です。また、スクリーニングテストではsilent aspirationの検出についての限界もあります。そのため、重度の嚥下障害が疑われる場合には、以下のような検査を行いながら嚥下訓練を進める必要があります。

1)嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing ; VF)

バリウムなどの造影剤を含んだ模擬食品をX線透視下に嚥下させ、透視像をビデオで録画する検査であす。誤嚥があるかどうかのチェックや、口腔・咽頭・食道の動き観察等に有用であり、最も情報量の多い検査です。機能や形態の異常をみるだけでなく、安全に食べるための条件(摂食時の体位、食物形態など)を見つけることができ、治療方針の決定に役立ちます。

2)内視鏡検査

鼻咽腔喉頭ファイバーによる検査は、咽喉頭粘膜の状態や声門閉鎖機能、分泌物の貯留・気道への流入の有無を確認できる等、VFよりもすぐれた点があります。また、模擬食品ではなく実際の食物を飲み込む場面を観察することができるのも大きな利点です。ベッドサイドでも行うことができ、画像をビデオに録画すれば、見落としのチェックや患者さん、御家族への説明にも使えます。嚥下の瞬間が観察できない、誤嚥を見逃す可能性がある等の短所もありますが、VFと併用することで多くの情報が得られます。

3)単純X線撮影

造影剤(100%程度の硫酸バリウム4ml前後)を嚥下させる前後で、咽頭・喉頭部の単純X線撮影を行い比較することで、誤嚥の有無を判定するものです。VFを行えない施設等では有用です。


【摂食・嚥下訓練】
1.訓練の概要
 表5に代表的な訓練法を示します。嚥下訓練には、食物を使わない基礎訓練(間接的訓練)と、食物を使った摂食訓練(直接的訓練)とがあります。1~6は基礎訓練および肺理学療法ですが、摂食前の準備や嚥下が起こらないときの誘発方法、誤嚥時の対処など摂食時に必要な手技でもあります。7~15は摂食時の条件(障害を補う代償的手段)となるものであり、これらを組み合わせ、個々の患者にあった訓練を進めていきます。

 表5 代表的な訓練法

手   技
方法・意義
1.リラクゼーションストレッチング・食べる前の準備体操などにより、嚥下に関する組織がスムーズに働くように準備する
2.口唇,舌,頬などの運動用手的に、または舌圧子や綿棒を用い、自動的・他動的に口腔諸器官を動かし可動域拡大、筋力強化をはかる
3.のどのアイスマッサージ冷水を浸した綿棒で口蓋弓や奥舌、咽頭後壁などを刺激し、嚥下反射を誘発する
4.嚥下反射促通手技 甲状軟骨から下顎下面へ指で皮膚を下から上へ4,5回摩擦した後嚥下を促す.嚥下筋群への知覚入力が嚥下反射を誘発する
5.バルーン訓練輪状咽頭筋部開大不全に対し、球状または筒状バルーンを用いて同部をストレッチする.嚥下にあわせたバルーンの引き抜き訓練やバルーン嚥下訓練もある
6.呼吸訓練・排痰訓練気道防御機構の強化により誤嚥を防止し、喀痰の排出を促し気道を清浄化することで肺炎を予防する
7.体幹の角度の調節座位、リクライニング位、半側臥位など摂食しやすい体位を設定する.咽喉頭の解剖学的位置関係より30度仰臥位が誤嚥防止に有利.自力摂取には90度が有利
8.頸部前屈 枕の高さを調節し、頸部を突出させながら前屈位にする.単なる顎引きはかえって嚥下に不利となる
9.食事の調整 ゼラチンゼリー、ゼラチン寄せ、ミキサー食、増粘剤使段階的摂食訓練用など、誤嚥の危険が最も少なくなるよう食事の性状調整する.また経過をみながら食事を段階的に普通食に近づけていく
10.嚥下の意識化食事に集中し意識的に嚥下することで誤嚥を防ぐ
11.複数回嚥下一口につき何度か嚥下することで咽頭残留物を除去する
12.横向き嚥下右下、左下などを向いて嚥下する.嚥下前に回旋すると、回旋と反対側に食塊を誘導できる.伸展された咽頭壁の蠕動が強力になる、上食道括約筋が開きやすくなる等の理由で、嚥下後の空嚥下による咽頭残留除去に有効
13.交互嚥下固形物と少量の液体、ベタつくものとゼラチンゼリーとを交互に嚥下させる.咽頭残留の除去に有効
14.随意的な咳食事中に意識的に咳をすることで、気道に入りかかった食物を喀出する
15.声門越え嚥下
   (supraglottic swallow)
大きく息を吸ってしっかり止めて、食物を飲み込み、勢いよく息を吐く.食塊が気道に入りにくい
 安全性を重視するあまり基礎訓練のみ行っていても、嚥下能力の著明な改善は期待できず、摂食訓練で実際に繰り返し嚥下を行うことが有効な嚥下運動の再獲得につながると私どもは考えています。しかし、摂食訓練は誤嚥による窒息や肺炎の危険と常に隣り合わせにあると言っても過言ではなく、「食べたい」「食べさせたい」という気持ちだけで安易に取り組むべきものではありません。このため、できる限り安全な摂食方法をVFなどで確認しながら慎重に行う必要があります。また、誤嚥(特にsilent aspiration)をベッドサイドでチェックする手段の一つとして、パルスオキシメーターでの動脈血酸素飽和度測定があります。まだ研究段階ではありますが、ムセや呼吸状態の変化とあわせて観察することで、より安全に訓練を行うことができると思われます。
2.摂食訓練の適応

1)摂食訓練時の姿勢の調整
  摂食訓練を行う際、姿勢の調整は重要であり、誤嚥の危険が高い患者さんでは30度仰臥位(平らに寝た状態から30度上半身を起こした姿勢)から訓練を開始します。この場合、枕を入れるなどして頸部は必ず前屈位(軽く顎を引いた状態)に保つのがポイントで、伸展していると誤嚥しやすくなるので要注意です。
 また、食物の口腔内への取り込みや、口腔から咽頭への送り込みに障害があると、90度の座位では食物が口からこぼれてしまったり、口腔に食物が残留してしまい、摂食が困難なことがしばしばあります。この様な場合もリクライニング座位をとり、重力を利用して食物を送り込むようにすると食べやすくなります。
 しかし30度では自力で食べるのが難しく摂食介助が必要となるため、摂食状況や全身状態を確認しながら段階的に角度を上げていきます。

2)食事の調整と段階的摂食訓練
 摂食訓練に用いる食品は、咀嚼や食塊形成の障害を補うことができ、咽頭残留や誤嚥の危険が少ないものでなければなりません。食品の条件としては、①密度が均一であること、②適当な粘度があって、バラバラになりにくいこと、③口腔や咽頭を通過するときに変形しやすいこと、④べたつかず、粘膜に付着しにくいこと、等が挙げられます。
 上記の条件に合う食品の代表はゼラチンゼリー(最も誤嚥の危険性が少ないゼラチン濃度は1.6%:1人前はジュース80gにゼラチン1.3g)です。しかし、認知面や口腔期に問題があるため口腔内に食物をため込みやすく、ゼラチンが溶けてしまうような患者さんでは、溶けて液体になったものを誤嚥する危険があり、ゼラチン以外のものでむしろ誤嚥が少ない場合もあるため、評価時に観察しておく必要があります。液体の誤嚥が心配される場合は、増粘剤を用いてトロミをつけます。増粘剤が多すぎるとべたつきが増し、かえって送り込みが困難となります。増粘剤の種類によっても適切な粘度を得るための量や時間が異なるので注意が必要です。
 摂食量を安全に増やしていくためには、ゼリー食からミキサー食、きざみ食へと食物形態を徐々に変更していく「段階的摂食訓練」が有効です。食事アップの基準としては、摂食時間が30分以内で、7割以上摂取が3食(嚥下障害が強く疑われる場合は3日間)続いたときを目安にします。
 また市販の嚥下障害食も増えており、品質も向上しています。この様な市販品を上手く利用することは、介護負担を軽減し在宅介護を長続きさせる秘訣でもあります。

3)意識的な嚥下
  嚥下の意識化は、食事に集中し意識的に嚥下することで誤嚥を防ぐ方法であり、これだけで誤嚥が消失することもあります。また複数回嚥下のように、一口につき意識的に何度か嚥下することで咽頭に残留した食物を除去する方法もあります。

4)気道防御機構の強化
気道に異物が入らないようにする仕組み(気道防御機構)が有効に働いているかどうかは誤嚥と密接に関係します。食事中に、意識的に咳払いやハッフィング(最大吸気後に「ハーッ」と強く呼出させる呼吸法)をすることで、気道に入りかかった食物を喀出することができます。声門越え嚥下(supraglottic swallow)は、大きく息を吸ってしっかり止めて、食物を飲み込み、飲み込んだ後に勢いよく息を吐くことにより食物の気道流入を防ぐものです。いずれも誤嚥防止に有効な方法ですが、痴呆や認知面の障害のある患者さんが行うのは困難です。
3.摂食訓練の適応
 摂食訓練はリスクを伴うため、摂食・嚥下障害患者の誰にでも行えるというものではありません。どのような条件(摂食時の姿勢、食物形態、一口の量など)であれば安全に食べることができるのかがしっかり評価されており、それを守っていける環境(主治医の認識、看護・介護力など)があって初めて摂食訓練が可能となります。

1)摂食訓練が可能な患者さんとは

a.意識レベルと全身状態
 直接訓練が開始できるかを考える際、意識レベルと全身状態は重要な要素です。まず、意識レベルが清明か覚醒していることが必要です。傾眠でも、食事をすることが認識でき、指示に従えれば可能な場合もあります。そして、重篤な心疾患、呼吸器合併症、消化器合併症などがなく、全身状態が安定している必要があります。
b.誤嚥・咽頭残留
  嚥下造影検査などで嚥下障害の評価を行った際、誤嚥や咽頭残留が認められなければ直接訓練は行いやすくなります。しかし、たとえ誤嚥や残留があっても、後述する代償的手段(摂食時の姿勢や食品の調整等)を検査中に試し、誤嚥・残留を防ぐ方法が一つでも見つかれば、その条件から訓練を始めることは可能です。これらを見極めるためにも、まず嚥下造影検査を含めた評価を行うことが望まれます。
c.患者さんの理解力
  患者さん御本人が摂食時のリスクとその対策を理解していると、訓練は行いやすくなります。痴呆などのためこれが難しく摂食条件を守れない場合、誤嚥の危険は高くなります。一方、理解力がなくても、介護に抵抗せず、摂食時の姿勢が整えられるような場合は訓練可能です。
d.肺炎の既往
  これまでに誤嚥性肺炎を起こしたことがあるか、また繰り返し起こしているかどうかを必ずチェックしておきます。肺炎を反復していれば今後も肺炎を起こす危険が高く、要注意です。
e.全身管理
  摂食訓練を行う際にはリスクを伴うため、摂食・嚥下障害に理解があり、適切な全身管理を行う医師の存在が不可欠です。医師は、全身状態や摂食状況のチェック、医療的処置(経管栄養・吸引等)の指示、状態変化への対応等を行い、肺炎や脱水・低栄養の合併に注意しながら経過をみていきます。

【御家族が摂食訓練を行う場合】
1.自宅でできる訓練法
  口にため込んでなかなか飲み込まない、食事時間が異常に長いというような場合は、食事の調整(滑りのよいものに変更)や摂食時の姿勢の調整(座位からリクライニング位へ)をまず行ってみます。現在1日3食をムセながら食べている、食後にのどがゴロゴロしているという場合は、これに表5の11,12,13の咽頭残留除去法や14,15の誤嚥防止法を併用します。また、現在は食べておらず、これから食べ始めるのであれば、30度仰臥位頸部前屈の姿勢でのゼリー摂取から行うのがよいと思われます。
2.摂食時のポイント
1)摂食時間
  一回の食事にかける時間は30~45分以内に限定すると比較的安全です。これ以上時間をかけていると患者さんの疲労が強くなり、また、患者・介助者とも摂食条件や注意を守れなくなるため誤嚥の危険が高くなります。時間で区切るのではなく、2回ムセたらやめる、のどがゴロゴロいっていたらやめる等、中止の目安を決めておくのもよいでしょう。

2)チェックするポイント
  肺炎や脱水・低栄養の徴候を早期に発見するために、体重、尿量、摂食中や後のムセと咳、痰の量や性状、発熱の有無などにつきチェックし、異常があればかかりつけ医に連絡しましょう。

3.摂食訓練を行えないのは
  適応の裏返しになりますが、在宅での摂食訓練が困難と思われるのは、①本人が食べたくない②評価の時点で有効な誤嚥防止法がない③誤嚥性肺炎を繰り返している④全身状態の管理をしてくれるかかりつけ医がいない⑤本人に「食べたい」という強い希望があっても、介護者(家族)に意欲、理解力、介護力がない⑥家族が「食べさせたい」と思っても、患者に理解力がなく介護に抵抗し、摂食条件が守れない、等の場合です。
 自宅では、食べたい気持ちが先行し徐々に条件が甘くなりやすいものです。家族あるいは親戚、友人が、患者さんの食べたがるものをつい与えてしまう、ということもあるでしょう。また、患者さんが家族の目を盗んで食べてしまうことも多く、特に痴呆の場合、這って行ってでも、食物を隠してあっても食べることがあります。
 また、社会資源を利用している場合、ヘルパー、ショートステイ先の介助者など、指導を受けていない人が介助する可能性もあり、摂食条件を上手く伝達する必要が生じます。
 もし条件が守れず、誤嚥性肺炎を起こしてくるような場合、在宅での摂食訓練は中止せざるを得なくなります。かかりつけ医は、現状をチェックしながら、これを判断します。

【胃瘻を残す?抜く?】
  摂食・嚥下障害を持つ患者さんは充分な経口摂取ができないため脱水や低栄養状態となりやすく、また脱水や低栄養により嚥下障害が増悪するという悪循環に陥ることがあります。そのため、このような患者さんの治療に当たる際には、栄養や水分の摂取量を的確に管理し、全身状態を整えることが重要です。
 胃瘻がある状態で摂食訓練を行い、一日三食の経口摂取が安定して可能となれば、胃瘻の抜去を考えてもよいでしょう。しかし、食べてはいるけれど量が十分でなかったり、調子よく食べられる日とそうでない日があるような場合は、脱水や低栄養を予防するために、胃瘻を残しておいた方がよいと考えられます。