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おサル先生の在宅医療入門

『もっと栄養を!』の巻

小川 滋彦(金沢市・内科)
(石川保険医新聞・平成十四年六・七月号より一部改変して転載)

おサル先生は、A総合病院でPEG(内視鏡的胃瘻造設術)の手術を受けて、在宅となった患者さんを何人か往診するようになった。


ある日、80歳の井沢さん(仮名)を訪問しているナースの勝木さんから電話が入った。

「おサル先生。井沢さんの褥瘡は一向に良くならないし、やせこけたままじゃないですか。一日にエンテラ・ルキッド(仮名)750キロカロリーは少ないんじゃないですか?」

おサル先生はいきなり非難されたようでいい気持ちはしなかったが、冷静さを取り繕いながら、

「いや、ちゃんとA総合病院の指示通りにやっているんだし、そもそも石川県ではエンテラ・ルキッドは750キロカロリーを上限とする、という保険のローカル・ルールがあるんだから…」と口ごもった。

「でも、P先生の患者さんでは一日1500キロカロリー使っている方もいらっしゃいますよ!」と勝木ナース。


井沢さんは、何年か前に脳梗塞を発症して倒れるまでは体格の大きな人だったらしい。A総合病院に救急搬送され一命を取りとめたが、嚥下障害が改善しないため、内視鏡的に胃瘻が造設された。その後、老人病院を転々とするが、介護者の奥さんが毎日病院に通いながらお世話をしなくてはならない状況に変わりなく、それならいっそ在宅で、と家へ帰って来たのだった。

それにしても、おサル先生は正直言って「胃瘻から何キロカロリー注入する」なんて考えたこともなかったし、とにかく「750キロカロリーとする」という文書が回ってきたことだけが金科玉条のように思えていたのだ。しかし、そういえば確かに身長172センチの井沢さんと146センチの喜多さんが同じ栄養量でいいはずがない…。おサル先生はちょっと気がはるし、口うるさいので苦手なのだが、胃瘻に詳しいP先生に電話で相談してみることにした。


「それで、患者さんの体重は?」

「今40キロくらいしかないと思います。」

ちょっと待ってね、あとからかけ直す、と電話を切られ、しばらくして、

「例のハリス・ベネディクトの式で計算すると、基礎エネルギー消費量は標準体重の65キロで計算したら1280キロカロリー、少ない方の現体重40キロで計算しても935キロカロリー。一日の必要栄養量としては、どんなに低く見積もっても1000キロカロリーは欲しいぜ。」

「でも、保険のローカル・ルールでは750キロカロリーまでしか認められていないですよ。」

「おっと、それは大きな勘違いだ。750キロカロリーを上限とするのはあくまでも経口摂取の場合だ。胃瘻栄養の場合は、成人で2250キロカロリー、老人で1500キロカロリーまでOKなんだぞ。」


えっ!先々月に750キロカロリーだって多いと査定され、再審査請求を提出したばかりのおサル先生はわが耳を疑った。

「レセプトの内服の項に書いちゃだめなんだ。在宅の項があるだろう。胃瘻栄養はもともと寝たきり老人処置指導管理料に付随するものだから、エンテラ・ルキッドの量はそこに記載しないといけない。」

「でも、ボクの所は寝たきり老人在宅総合診療料の届け出をしているから、寝たきり老人処置指導管理料なんか算定できませんよ。」

「だから、みんな間違えるんだ。寝たきり老人処置指導管理料は算定できないけど、そこにあることにして、在宅の必要物品を算定することになっているんだ。」

おサル先生はとにかく保険請求のことだけは分かって気が緩んだのか、同意を求めるように「寝たきりに栄養はいらないって、昔は言ったもんですがねえ」という一言が口をついて出た。あっ、と思った瞬間、電話の向こうでP先生の顔色がみるみる変わるのがわかった。

「誰がそんなことを言ったんだ…いいか、おサル先生。何のために痛い思いをして、わざわざPEGの手術を受けたんだ。何のために胃に穴なんか開けたんだ。元気になってもらうためだろう。十分な栄養をとってもらうためだろう。君は患者や家族の立場でものを考えたことがあるのか!」


P先生にガツンとやられて落ち込んだけれども、ここからがおサル先生のエライところ。P先生のアドバイスに従って、ベースとなる経腸栄養剤を1250キロカロリーに増量、しょう油で塩分を補い、野菜のみそ汁を濾したものを水分として追加、新発売のテゾン(テルモ株式会社、保険適応外)で微量元素の補充を図り、半年後。やせこけた井沢さんの体はゆっくりだが45キロまで回復し、褥瘡も改善しはじめた。家族の信頼を背中に感じながら、在宅医療もまだまだ捨てたものじゃないなあ、とちょっといい気分のおサル先生であった。

これからは、ただ胃瘻をつければ良いのではなくて、それをいかに患者さんのために有効に使うかが、きちんと評価されるべき時代が来ています。


なお私事で恐縮ですが、拙著「PEGを味方にすれば町医者は病院に負けない!」は全国の紀伊国屋で取り扱ってくれるようになりました(ピース!)。

―石川保険医新聞2002年3月号「おサル先生の在宅医療入門」第33回より
許可を得て一部訂正加筆の上、転載