高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(試案改訂第一版)を読んで
昨今、摂食嚥下障害をきたした高齢者や認知症患者への強制栄養に対する批判が高まっており、このようなガイドラインは医療従事者や高齢者を介護する人々が待望していたものであり、その策定過程には強い関心をいだいています。
現在、提示されている試案については以下の点が高く評価できると、個人的には感じています。
① 意思決定のための一定の基準を示すのではなく、患者や家族とのコミュニケーションを通じた決定プロセスを重視するべきであることを強調している点
② EBMの限界を示し、患者それぞれの個別性を重んじるべきであるとしている点
③ AHNを一旦導入しても、治療・介護の経過において患者の益(人生の物語)を考慮して中止すべきと判断されたら、撤退することも選択肢として容認できると明言している点
このガイドラインの理念と方向性には概ね賛同いたしますが、一方でいくつか気になる点もありますので、それを以下に述べます。
① 「適切な意思決定プロセスを経て決定・選択されたことについては、法的にも責を問われることはないとも考える」とありますが、これを素直に容認できる医療従事者は多くはないのではないでしょうか。特にAHNの撤退を考えた場合、これを触法行為と考え、躊躇してしまうことの方が現実には多いと思います。法的に免責されることの根拠や担保される法的理論も併記すべきと考えます。
② ガイドラインはAHN全般について策定されたものですが、新聞などで先行報道された内容は「胃ろう」を全面に出したものでした。結果的に、「人工的水分・栄養補給法」に関するガイドラインであるはずのものが、主に胃ろうについてのガイドラインであるような印象を一般に与えているのが残念です。
これは私の想像ではなく、実際に次のような事例を、近隣の療養型病院に勤務する医師から聞いたからです。その医師は、経鼻経管栄養管理を受けている患者さんに胃瘻造設を奨め、ご家族の同意を得て、近々造設する予定でした。しかし、その家族がこのガイドラインの報道を見て、胃ろう造設の同意を撤回し、経鼻経管栄養を継続することを希望されたというのです。おそらく新聞記事を読んだご家族が、胃ろうはできるだけ避けるべきであると短絡的に判断したのではないかと思われます。本来ならば、AHNを続けるかどうかという検討と意思決定がまずあるべきなのですが、胃ろう造設を中止して経鼻経管栄養の継続に戻るという選択は、このガイドラインの示す方向性とはずれているのではないでしょうか。
ガイドラインの理念が誤解されないような報道にしていただくことを切に望みます。
以上、私見を述べさせていただきました。
今後、広範な分野のたくさんの方々の意見を吸い上げて、よりよいガイドラインとしていただきますようお願い申し上げます。
下関厚生病院 消化器内科医師 山下智省