飛田洋さん

なにくそ!俺はここにいる190

京都府 飛田洋さん(75歳)

飛田洋さんは、平成10年11月に脳梗塞を発症しました。

完全四肢麻痺、構音障害、嚥下障害を認め、入院中に胃ろう造設術、気管切開術が施行されました。平成12年6月に在宅へ移行され、かすかに動くようになった指先でパソコンを操り、創作活動を続けています。

毎日書きためたものは、月刊誌としてまとめられ、製本されています。

■ハンサ・無責任/二行きめる個人の見解

《仰げば尊し》平成30年12月1日(土曜日)


 《ペグにして》 20年近くになる。手術後色々あったから正確な
日時は記憶していない。なんでも胃カメラを飲込み手術台で悪戦
苦闘中にペグが装着されていた。知らない間の出来事だった。
事前に聞かされ、私の想像では、病棟で見かける多くの患者さん
みたいに、腰にでも袋をぶら下げてると誤解していた。その頃の私
は首から下は、自分の意志で動かせない麻痺の身で、確認する
事が出来なかったのです。暫くして昼に入浴と聞かされ、驚いたも
ので、当時のペグは外国製、半年が有効期間。自宅療養に入る
なりペグ交換で、怖がりの私がTVに逃げてたら、岡野先生は手際
よくペグの取替え、見事なもので感激させられました。

 

 そのうちに後発の国産が開発され、改良され、今は有効期間が
延びてるみたい。医療技術の進歩は凄いですね。
 脳梗塞の再発もなく、自宅療養後は検査入院中に、ポリープを
取ったぐらいの平凡な寝た切り暮らしをしています。

 

 《ペグにして》 する以前は、入院中の栄養補給に鼻の中に
チューブが入れられてましたが、出し入れに私が嫌がり、途中で点
滴みたいに流され始めました。注射の痛さは我慢出来るし、鼻の
不愉快さよりましなので、そのままにしていたら、後遺症か血管が
細すぎてナース泣かせとかで、最終的に、自宅に戻って簡便なぺ
グに落ち着いたみたいらしい。中年過ぎに献血、輸血をしてても血
管の細さは知りませんでした。

 

そこで 《ペグにして 正解でしたと 年の瀬や》なんてさ 続く

■ ハンサ・無責任者の川柳風《二行詞》


・りっとうと 聞けば競馬を 思い出す
               漢字を読んで 誤解に気づく

・思うたび 口にするのは 如何かな
               言わぬが花と 人は言うなり

・トランプが 開拓時代に 生きてたら
               善玉なのか 悪役なのか

・欠かさずに 介護理髪師 マスクして
               話しかけたり お仕事してる

・云ったこと 頼んだことは 後まわし
               後にするから 未だ為し得ず

・何処でさえ なにか問題 かかえてる
               手の出せぬまま 岡目八目

・認知症 予備軍などと ふざけるな
               しくじり多く 笑っておれぬ

・さり気なく 今日も明日も ひまつぶし
               何も起こらず 何も変わらず

・スーチンを 買い被ったか 見誤った
               流れ失い 澱んで来てる

・テレビ点け 違う波長の 声は駄目
               急に五月蠅い 番組見ない

・自分さえ 良かれと思う エゴするな
               エコを忘れちゃ 後悔するぞ

・軍拡で 地球の未来 明日あるか
               自然壊せば 元も子もない

・人として 生まれ来たのに この運命
               幸と不幸は 取り方しだい

≪とろくせ~≫

≪下り坂賛歌≫



名古屋ばかりで ありゃせんが
 花の東京    居る限り
  国の言葉は   隠すもの
お国の訛りが  誇りでも
 油断をしてると  里知れる
  とろくせ~で   いかんがな


はんかくさいな 道産子は
 ビルの谷間の  空なんて
  四角四面に   切られてる
日暮里二子玉  二軒茶屋
 それより上見て 驚けば
  とろくせ~で  いかんがな


がんばりんさい 広島よ
 紙の人情    みたいでも
  過去の被爆は  消え失せぬ
方言女子に   目がくらみ
 合コン通いは  情けない
  とろくせ~で  いかんがな



若気の至りで  飛び出した
段々畑よ    古里よ
 夢の都会で   頑張れて
 上りつめたよ  俺なりに
今や最高    下り坂
今や最高    下り坂


悪さな遊びも  深酒も
可愛いあの娘も 夢の夢
 こころ尽くした 日々だけに
 頭よぎるよ   思い出す
そして幸せ   下り坂
そして幸せ   下り坂


世間で見たなら 老いてても
隠居の仕事は  役不足
 知らぬ地や野を 自転車で
 遠い古里    辿る旅
そこは楽ちん  下り坂
そこは楽ちん  下り坂


≪ほめてやる≫

≪ひまつぶし≫


『一』
畑違いの    生活を
死ぬる思いを  すまないね
違う世界に   飛込んで
いらぬ苦労を  背負い込み
良くぞ我慢を  してくれた
見つけた俺を  ほめてやる

 『二』
 笑い暮した   筈なのに
 にわか介護を  すまないね
 酷く想いと   違うのに
 皆に合して   いるけれど
 知らぬ顔して  いてくれる
 見つけた俺を  ほめてやる

『三』
女房だからと  当然の
顔で本音は   すまないね
思いもしない  展開に
礼も云えない  夫でも
良くぞ従い   今日になる
見つけた俺を  ほめてやる



『一』
ベッドのあるじの  ひまつぶし
少し似てても  気にしない
盗用なんかは  目ではない
 俳句なんかは  切りがなく
 誰か何処かで  詠んだかも
 そんな理屈の  ひまつぶし

『二』
寝たきりじじいの  ひまつぶし
二行似てたら  良くないが
一行ぐらいは  ありがちだ
 下手な作詞の  明け暮れで
 そんな疑惑を  避けるのが
 俺の十八番の  ひまつぶし

『三』
着た切り姿で  ひまつぶし
決めの台詞もんくが  出来たなら
活用したくて  たまらない
 自由な暮しで  引き篭もり
 いらぬ気遣い  なきように
 俺のペースで  ひまつぶし


主治医より一言

《のろい鈍い》

NHKの誤った報道によるペグバッシングの結果、小生が初めてペグを施行した 1984年頃のように経鼻胃管や中心静脈栄養による栄養管理が増えていると聞いています。飛田さんの声を聴いてもう1度初心に帰り、患者さんにとって、家族にとってストレスフリーの正しい栄養療法の啓蒙に努めたいと思います。(岡野拝)