◆もうひとつのセミナー
さてここで、後日談も含めもうひとつのセミナーのお話を。
嚥下機能の低下した御主人を自宅で介護されているAさんは、事前に『主人を置いてくるので1時間くらいしか参加できないんですが、大丈夫ですか?』と問合せてこられた方。御主人には上半身を15度に起こしてお口からの食事を介助しているが、介護疲労がピークに達し、自分が倒れるわけにはいかないのでデイサービスやショートステイを利用してリフレッシュしたい、しかしどこの施設も付きっ切りで食事を食べさせてくれる人手が無く、胃ろうを造れば受け入れる、といわれているのだそうだ。
準備万端、展示メーカーさん |
Aさんとしては、誤嚥のリスクを感じながらも介助すればお食事のできる御主人に胃ろうを造ることにはまだためらいがある。しかし自分の思いにこだわることで御主人が施設を利用できず、24時間365日在宅介護を続けているうちに自分が倒れてしまったら、誰も御主人のケアをする人がいなくなってしまう。どうしたらいいんだろう、と揺れに揺れている御様子。質疑応答の時間にもこの悩みを打ち明けられ、施設の受け入れの都合ではなく、御主人の栄養状態・全身状態を良い状態に保つために胃ろうという手段があることを考えてみてはどうか、という講師の先生のアドバイスにうなづいておられた。
通常はここでセミナーは終了。しかしAさんにとってはもうひとつのセミナーがここから始まった。展示に参加して製品説明をされていたBさんは、6年前にお父様をお母様と一緒に在宅介護された経験を持つ。Aさんが展示ブースをたずねお話をしているうちに、Bさんがかつてお父様の胃ろうの管理を実際に行っていたという話になったのだろう、帰り際にもう一度Aさんを訪れ、揺れる思いを打ち明けた。
Bさんは、今ひとつ決断しきれない状態でドクターの提案をそのまま受け入れるのではなく、御自身の思いをドクターにぶつけるように励ました。さらに、将来的に胃ろうを選択することに成るかもしれなくても、現在Aさんの介助で経口摂取できているのであれば、まずやるべきことは嚥下リハビリではないだろうか、というアドバイスも。その言葉をかみ締めながらAさんは御主人の待つ家に帰っていかれた。
目で見ることは大事 |
後日Bさんにこの時のことをうかがう機会があった。Bさんのお母様もまた、24時間365日、自宅で御主人(Bさんのお父様)を介護された。大変な重労働であったにもかかわらず『それでもあの3年間、私は本当に楽しかったわ』と、今でもBさんに言っておられるそうだ。
Bさんは言う。「あの時私を訪ねてこられたAさんだって、うちの母が近くにいたら、いろいろとアドバイスできると思うんです。お医者さんが言うほど素人にとって胃ろうの管理は簡単じゃない、でも今はあの頃よりいい製品も出ていることだし、困ったときに経験者が相談にのってあげられたら、気持ちにも体にも余裕が出ると思うんですよね」。
マンツーマンの、家族同士の胃ろうのセミナーが確かにそこにはあったし、揺れる心への処方箋がAさんに届いたのではないだろうか。
今後、敷居の高くなりすぎないセミナーや相談会が身近な地域で企画・開催されるよう、いろいろな立場の方からの御意見・御要望をお聞かせいただきたいと思う。