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PEGとリハビリテーション

東京慈恵会医科大学附属青戸病院
リハビリテーション科

木村 知行

●リハビリを怠ると寝たきりになる
 介護保険制度が施行されて、高齢者の医療環境も大きな変化を見せている。
  人生80年の時代を迎え、老後の価値ある人生をいかに設計するかが真剣に問われている。-リハビリを怠ると寝たきりになる- リハビリテーション専門医として、高齢者医療におけるリハビリテーションの重要性を痛感する毎日である。介護保険対象の施設であるリハビリテーション病院の主たる目的は、脳血管障害などの急性期疾患から脱して慢性疾患に移行した高齢者を、適切なリハビリテーションを行うことによって在宅ケアに復帰してもらうことである。ここでの治療は、老人保健施設などでのショートステイやデイケアを視野にいれた在宅ケアへの医療である。また、慢性疾患をもつ長期療養者を介護する療養型病床群でも同様な医療が行われている。ところが、これらの医療施設患者のなかには、嚥下障害をもち、低栄養状態に陥った患者が多くみられる。

  従来、このような嚥下障害患者や低栄養患者の栄養投与には、主として経鼻胃管かIVH(中心静脈栄養)が用いられてきた。経鼻胃管の留置は、嚥下訓練や運動療法の妨げとなる。IVHは代謝合併症やカテーテル感染などの合併症が指摘され、さらに、高カロリー輸液剤は高価なため医療経済上も問題がある。
 このように経鼻胃管やIVHは、胃瘻と比較すると管理が煩雑である。

●リハビリのスタートは栄養の改善
 Donna L Frankelらは、Rehabilitation Medicineの中で、「良好な栄養状態は、急性疾患および慢性疾患双方のリハビリテーションを成功に導くキーポイントである」と述べている。さらに、栄養障害のある患者は、入院中に合併症が発生することが多く、退院時の移動能力などが低くとどまることも報告されている。

  私もリハビリテーションの専門医として、重度な嚥下障害などで低栄養状態となった患者を診療する機会が多く、その栄養管理法の重要性を痛感してきた。健常者といえども、お腹が空いているときは元気が出なくて体の機能を十分に発揮できない。それと同様に、飲み込む機能が障害されているために必要な栄養がとれず、全身状態が低下している患者さんは、十分に残存機能を発揮してもらうことができない。私は、栄養状態を改善し全身状態をよくすれば、リハビリテーションが円滑に進み、残存機能を十分引き出すことが可能となり、日常生活動作も豊かになると考えている。言い換えれば、先ずは栄養状態をよくしてあげなければリハビリテーションも進まないということである。

●PEGとリハビリテーション
 リハビリテーション領域での栄養管理法として経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy : PEG)が極めて優れていることから、私は多くの患者にPEGの有用性を提言し、実践してきた。
 PEGは1979年、アメリカで報告され、この分野に画期的な福音をもたらすことになったが、わが国の特殊事情も加わって、その選択肢が広く情報公開されることはなかった。そうしたわが国の医療制度や慣習の背景はすでに多く指摘されているのでここで繰り返す必要もないが、最終的に恩恵を受けるはずの患者、家族に適切な情報が届かなかったことは残念なことといわねばならない。

  リハビリテーション領域では、PEGの適応であると思われるケースが多いにも関わらず、施行数はまだまだ少ないのが現実であるが、胃瘻からの経腸栄養は経鼻胃管と比較して、長期留置に伴う苦痛が軽減され、管理も容易なため、今後は経腸栄養の標準的なルートとなるのではなかろうか。
 一般的には、嚥下障害に対するリハビリテーションは口腔周囲筋群の運動訓練、寒冷刺激法、頚部のリラクゼーションなどの間接的訓練法(食事を用いない訓練)から始める。

  直接訓練法(食事を用いての訓練)の開始時期は、Japan Coma Scale(3-3-9度方式)で1桁、つまり刺激を与えなくても覚醒している状態であり、進行性の麻痺がない、全身状態が安定しているという3大条件が基準となる。また、嚥下造影検査(videofluorography:VF)などで、行おうとしている経口摂取法の安全性が確認できていることも条件となる。直接的訓練スタート時は、訓練士がついてお昼に1回食事の訓練をする。そこである程度食べられることが確認できたら、夕食に看護婦さんが付き添いながら食事の介助を行う。食形態は、ゼリー状のものから始める。段階を追って少しずつ普通食に近づけてゆくが、一番飲み込みが難しいのは水分である。水分が上手に摂れない症例では、水分にとろみをつけて投与する。固形物は経口摂取可能であるが、水分、薬剤を飲むことが不可能のため胃瘻を抜去できない症例は多く認められる。

●PEGは嚥下機能が回復すると抜去する
 さて、PEGを施行すると嚥下訓練が必要なくなってしまうのではないかと考える方がおられるが、決してそういうことではない。PEGによって全身状態を良くしていけば、早期から直接法による嚥下訓練が可能となる症例が多くなる。そして、十分に経口摂取ができるようになり、胃瘻が必要なくなった時点で抜去するというのが、我々の考え方である。
 「嚥下訓練によって食事ができるようになるかも知れないのだからPEGは必要ない」、「心と時間をかけて口から食事をとる訓練を」という意見も聞かれるが、早期からPEGを施行し、胃瘻から確実に必要な栄養補給を行い、全身状態を改善させてリハビリを円滑に進めた方が、嚥下能力が早く改善し、患者さんのQOLが向上すると考える。

●今後の課題

  PEG施行直後から病院内での評価は高かった。特に、主治医、看護婦、理学療法士、言語聴覚士など医療者のみならず同じ立場の患者さん、ご家族の観察するところとなり、たちまち多くの患者にPEGを施行することになった。
 しかし、問題がないわけではない。PEGは、術者の熟練度の向上、新しいキットの開発などにより通常5~15分で完了し、術中も軽い鎮静剤使用にて苦痛が軽減され、術後も1日目より訓練室でのリハビリテーションが可能な程度の軽い痛みであるが、わずかな傷をも痛がる国民性のため、PEGを施行するにあたって患者、家族の心理的負担が大きい。PEGといえども、十分なインフォームドコンセント(説明と同意)が必要である。

また、PEGは外科医や内視鏡医が施行した後は、元の診療科やかかりつけ医で管理されるケースがほとんどである。術後の創部感染等の治療経験が少ない診療科だと、適切な処置ができないため、「胃瘻はやっかいなもの」というイメージを持たれる方もいるようだ。長期絶食症例での経腸栄養剤開始直後の下痢、術後早期の胃瘻チューブの自己抜去にも注意しなければならない。術後1~2週間寝たきりにさせられ、廃用による筋力低下や関節拘縮を起こした症例がある。合併症がなければ、PEG施行の翌日よりリハビリテーションが可能であるということを啓蒙しなければならない。そういうマイナスイメージを払拭するためにも、術後のフォロー、診療科同士の連携のシステム作りも急務だと考えている。

●まとめ

 現在までリハビリテーションは機能回復訓練そのものにスポットが当てられ、機能回復訓練上、栄養状態の改善が何故大切かについては問われてこなかったように思う。繰り返しになるが、嚥下訓練を含めて、リハビリを円滑に行うには栄養状態を改善させることが非常に重要である。栄養状態を改善させる方法として、PEGによる経腸栄養は非常に優れている。高齢化社会において慢性疾患の医療はますます激増傾向にある。PEGは「おなかに口をつくる」という日本人にはなじみの薄い新しい概念の医療であるが、リハビリテーション医の立場から、積極的導入の提言を行いたい。
「PEGへのご案内」(2001年6月30日発行)より