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特別寄稿(2001年8月29日)

介護保険施行後の現状と問題点 ~第6回HEQ研究会 特別講演より~

金沢大学経済学部教授・横山寿一先生

介護保険施行から1年以上を経過した今、その利用実態は真に利用者のニーズに応える制度として機能しているだろうか。第6回HEQ研究会の特別講演で「介護保険施行後の現状と問題点」をテーマに発表された、金沢大学経済学部教授・横山寿一先生のご講演内容を紹介する。

はじめに

介護保険がスタートしたのが2000年4月、丁度1年経過した本年4月頃、それまでの経過を取り上げる議論の中で介護保険は「おおむね順調」「制度上の欠陥の露呈」という二つの評価にわかれた。
介護保険の本格的な議論が始まったのは1994年12月、厚生省が立ち上げた高齢者介護自立支援システム研究会であるが、ここで掲げられた「介護を必要とする人は、いつでも、どこでも、誰でも、必要な介護サービスを利用できるシステムの確立」という創設目標(直接の表現は「国民誰もが、身近に、必要なサービスがスムーズに手に入れられるようなシステム」の構築)がどの程度達成しているのかが大きな評価基準になる。具体的には、行政が決定をするこれまでのサービス利用システムから利用者が自ら選択する選択の自由の実現、そして介護の社会化の推進という2点の到達状況がポイントとなる。

1. 介護保険施行における特殊事情

介護保険はゼロからのスタートではなく、すでに高齢者の福祉制度として実際にサービスが提供されている状況(措置制度)から当事者同士が契約に基づいてサービスを利用・提供する介護給付(保険方式)へと、これまでの制度が組替えられるという経過をたどってきた。
利用にあたっては申請、訪問調査、一次・二次の要介護度の認定という過程をたどり、利用できるサービスが決定される。サービスを提供する事業者は、指定を受けるべき基準をクリアした事業者は誰でも参入できることになったため、今まで皆無に近かった民間企業が全体の事業所の1/4を占める状況になっている。

重要なのは、これまで取り扱われてきた高齢者にかかわる様々な施策に新しい線引きが持ち込まれたことである。従来、高齢者の保健福祉計画として一体的に取り扱われてきたサービスの中の、いわゆる「生きがい対策」の分野は介護保険の対象外となった。他方で、在宅療養管理指導、訪問看護、訪問リハビリテーション、あるいは療養型病床群や老人保健施設の利用など、医療保険のいくつかの分野が介護保険の中に組み入れられた。この制度組換えに伴い、利用の資格にも新たな基準が設けられ、非該当(自立)と判定された場合は介護サービス対象の適用外、要支援であれば施設サービスは利用できない仕組みになった。
サービスを提供する事業者サイドでは、措置費(定額払い)から介護報酬(出来高払い)への変更、医療保険と介護保険の並存、あるいは介護保険への移行という変化が生じた。

2. 介護保険の利用状況

厚生省は1999年12月の段階で、サービスを利用する要介護認定者を270万人と予想したが、2001年2月の厚生労働省の最新のデータでは認定者は253万人であった。地域的な偏差はあるものの、全体として当初予定されていた要介護認定者を大幅に下回っているのが特徴である(金沢市でも2000年度の推計約14000人に対し、本年3月のデータでは9500人と下回った)。その要因として、申請に至らないケースや利用をあきらめるケースが出てきていることに注目しなければならない。

非該当(自立)として対象外になった申請者が平均7~8%存在しており、それらのケースは各自治体独自の施策でカバーされていることが多いが、通所介護、デイサービスの利用者の中には多くの非該当者がおり、彼らは従来どおりのサービスを受けられないでいる。

一方、要介護度は、全国的に1年前に比べてやや重い方向にシフトしていく傾向が見られる。その中で実際の利用量は、スタート以前に比べて2割増というのが各地域の状況で、この数字は実際に介護保険事業計画を策定した段階で推定した数値を相当下回る結果になっている。これまでの利用者を対象にサービス利用の増減を見てみると、介護保険を契機に増えたケースが3割、減少したケースが1割、変わっていないケースが5割、その他1割という状況で、特にサービスを減らした人が1割近く各地で出ているという点は、憂慮すべき状況である。

本年2月の厚生労働省のデータによる各介護度別利用率は、平均で約4割、要介護度1・2では3割台、3・4では4割台、最も重い5でも5割台、限度額の低い要支援が6割台となっている。概ね限度額の3~4割の水準に利用がとどまっていることが大きな特徴である。逆に、超過分は基本的に全額自己負担のためそれほど多くはないが、限度額を超えてサービスを利用するケースもでてきている。実際に限度額を超えて利用しなければ介護に対応できない、あるいは家族では対応できないということがその理由である。低利用率の要因としては、家族で介護、利用料負担、サービスの不備、地域における基盤整備の遅れなどが指摘されている。

在宅と施設の利用者比率は在宅7:施設3となっているものの、費用で見ると在宅3:施設7である。重要なことは、在宅重視を謳ってきた介護保険が施行されたにもかかわらず、実際には施設へのシフトは大変強まってきていることである。どこの地域でも施設への入所待機者が著しく増大している。

3. 利用状況から見る特徴と問題点

まず問題とされるのが、制度の組替えに伴う利用の限定である。非該当(自立)という認定により、本人の身体状況にさほど問題が無くても従来ヘルパーやデイサービスを利用していた要生活支援者は対象外とされている。また、要支援の施設利用の場合は経過措置で対応しているため、今すぐ施設から退去しなければならないわけではないが、いったん施設を出てしまうと次の入所は新規扱いとなり、経過措置の適用外となる。自立による利用制限に対しては、各自治体で介護予防・生活支援事業という形で様々な対応を一体的に位置付けてきたが、対応には限界がある。

また、低利用率の要因として、利用料負担の問題が無視できない。従来高齢者に関わるサービスの多くが低額ないし無料で提供されてきた経緯があるため、いきなり2万円、3万円という負担が出てくることには耐えられない状況で、負担出来る枠内にサービス量を縮小するという対応が顕著となっている。また、家族介護の問題も重要である。介護保険への評価として「特に不自由はない」「一応これで足りている」という回答であっても、実際には家族で介護をしているのでこの程度の利用で十分と評価するケースが大変多い。もちろん家族や本人が望んで選択しているケースも少なくないが、介護保険導入当初の目標である「介護の社会化」から「家族による介護」へ戻っている傾向が見られる。利用抑制の下で生じている実態とその意味を、あらためて検討してみる必要がある。

サービス選択の自由がもたらした現実に目を向ければ、限度額内でどれだけサービスを利用するかは本人・家族の自由という選択が、結果的に自粛、つまりサービスは利用できるけれども「利用しない」という選択を多数生んでいる。ここでも「必要な人が必要なサービスを利用できる」という創設目標に反して、必要な人に必要なサービスが届いていないという現状がみられる。しかもそれが必ずしも表に現れずに、家族が抱え込む形で潜在化していく傾向にある。

このような状況下で重度の人たちの在宅介護には大変厳しい状況が生まれている。これまでは家族でなんとか頑張ってきたが、実際に介護保険を利用したとしても家族の介護はさほど軽減されていない。それに対して施設の場合、多少利用料の負担は増えても家族の負担は確実に軽減されるため、相対的に施設の割安感が生じている。同時に各家庭ごとに様々な要因が重なり、これ以上在宅介護は続けられない、というケースも出てきている。介護の社会化を推進するはずの介護保険が、逆に介護保険制度自身がもつ様々な制度的要因によってそれを阻む状況にある。

付け加えるならば、家族同居がなお多数存在する日本の場合、家族が介護に関わりたいという気持ちを尊重しながら介護の社会化を進める工夫が求められている。通所関係、あるいはグループホーム・ケアハウス等は、そのための有効な手段となりうると思われる。

4.介護保険の制度上の改革課題

要介護の認定については、一次判定のソフトが持っている様々な不備を改善することが緊急の課題であろう。特に、痴呆の高齢者に対して介護を必要とする度合いを正確に評価するための技術的な改善が求められる。介護ニーズを正確に評価し、どういうサービスが必要なのかを専門的な立場から分析することは大変重要な作業である。しかし、現行の介護保険のしくみでは、訪問調査をする人間と認定をする人間と計画を立てる人間がまったく別になっている。これではどんなにコンピュータが正確にデータを処理できても、生活全体を一定の枠の中で評価・判断せざるを得ないという制約からは免れない。したがって、長期的には調査・認定・プランの一体化をベースにした抜本的見直しが、限度額の設定も含め、議論される必要がある。

負担に関わる点では、定率の利用料負担の見直しが求められる。定率負担では、負担能力とは無関係にサービスの利用に応じて負担分が決められるため、極めて逆進的で、負担能力の無いものへ最も大きな打撃が加えられる。したがって負担面でサービス利用を妨げない仕組みに変えていく必要がある。

最後に、ケアマネージャーに関わる制度の改革も必要である。介護保険の利用と提供において、ケアマネージャーが果たす役割は極めて大きい。様々な問題がケアマネージャーに持ちこまれ、本来期待された役割以上の役割を担わされている。その一方で、ケアマネージャーとしての本来の仕事が、事務処理等に追われて実際にはこなせない、という悩みもよく聞かれる。ケアマネージャーは、専門的な立場から利用者の相談にのり、サービスの選択を支援するなかで、適切なサービスの確保を実現する、また必要に応じて利用者の権利を守る役割も果たしてゆく、それがケアマネージャーの本来の役割である。その役割を果たすためにどういう専門性が求められるか、あるいはどのような処遇が適切なのかということを検討し提起していくことが求められている。

(本原稿は横山先生のお話をPDN編集部でまとめさせていただきました。)