平成24年2月27日
〒100-0014
東京都千代田区永田町1−11−23
自由民主党本部
幹事長 石原伸晃様
特定非営利活動法人PEG(ペグ)ドクターズネットワーク
理事長 鈴木 裕
副理事長 丸山道生
副理事長 倉 敏郎
副理事長 小川哲史
副理事長 髙橋美香子
石原伸晃幹事長の誤った認識による発言に抗議し、
意見交換の場を求めます
私どもは、胃瘻と栄養の情報提供を行っている特定非営利活動法人、PEGドクターズネットワーク(PDN)と申します。平成13年4月、東京都知事の認証を受けて設立され、ホームページや季刊紙、全国各地で開催しているPDNセミナー等を通して、一般市民および医療・看護・介護従事者へ、情報発信を行っています。
理事は、医師、看護師、薬剤師、栄養士等によって構成されております。別紙に私どもの活動紹介資料をつけております。宜しければご覧になって下さい。
さて、石原伸晃自民党幹事長は、本年(平成24年)2月6日に放送されたBS朝日の番組の中で、まず年金問題が大変になっていること、そして医療費が年間1兆円ずつ増加していることをあげ、浴風会を見学された際の印象について以下のように発言されました。
「社会の最下層の方々で身寄りもない方の末期医療を担ってる所、そこに行くとほんと考えさせられますね。この5年間で何が変わったかって言えば、胃瘻ですよ。意識が全くない人に管入れて、生かしてる。それが何十人も寝ている部屋を見せてもらったとき、何を思ったかというと、エイリアンですよ。
エイリアンの映画で、人間に寄生している、エイリアンが人間を食べて生きているみたいな。全く違うもんでありますけれども、そこで寝てる人たちはもう絶対戻らないと。そこで働いてる人に僕は実は感動したんです。(中略)反応はないんです。ただ語りかけながらその人たちを面倒看てる。こんなことやったらやっぱりお金かかるなあと。こりゃやっぱり医療は大変だと。」
また、その発言に対して、翌7日には、次のような釈明をされたことを、NHKニュースが報じました。
「自民党の石原幹事長は、6日のBS朝日の番組で、胃瘻を受けている患者の様子を視察した際の感想として、『意識が全くない人に管を入れて生かしている。何十人も寝ている部屋を見せてもらったとき、何を思ったかというと、エイリアンだ』と述べました。
この発言に閣僚や野党の一部から批判が出ていることについて、石原幹事長は7日の記者会見で、『そんなダイレクトな言い方はしていないと思う。間違いだ。しっかりとセンテンスを見ていただきたい』と述べました。そのうえで石原氏は『私は人間の尊厳を重んじていかなければならないということを絶えず言っていて、私自身も胃瘻のようなことは行わないと、夫婦の間で決めている』と述べ、人間の尊厳を重んじる観点からの発言だったと釈明しました。」
石原伸晃幹事長のこれらの発言には、以下のような誤った認識および重大な問題があると考えます。
1. 「社会の最下層」について
我々日本国民は、憲法のもとの平等を保障されているものと考えております。
「最下層」とはどのような方を意図しての発言でしょうか。胃瘻を造られている方は最下層ですか? もし、そうお考えだとすれば胃瘻を造られている患者さんは、差別されていることになります。
2. 釈明されているエイリアン発言について
この発言以来、家族の方から「胃瘻をしているうちのお父さんはエイリアンですか?」というような内容の、苦悩される声が、数多く届けられています。国民に肩身の狭い想いをさせるのは、日本を作る日本の代表的な政治家として、残念な発言だと思います。
胃瘻は、患者さん、ご家族の負担を軽減し、在宅医療を可能にするなど多くのメリットがあります。医療費は他の栄養補充法と比べると数分の一になることはすでに明らかにされています。もちろん、生きる時間が延びるために使われる経費を浪費と解釈すれば医療費の高騰に結びつきます。どうか、家族に肩身の狭い想いをさせる発言だけは撤回していただきたいと考えます。
3. 「人間の尊厳を重んじている」「われわれ夫婦では胃瘻は行わないと決めている」との発言について
「胃瘻をもっている方々」は当然のことながらそれぞれの「人生」「家族」「感情」を持った普通の「人々」であり、その命の尊厳については、我々の命の尊厳と同じものであると思っています。
個々人がどのような信条を持つかは自由ですが、日本を代表する政治家がその立場として話をする際に、弱者である「障害を持つ方々」に対してこのような発言をすることは、残念としか言いようがありません。
この度の発言と釈明は「胃瘻をもつ人々」の尊厳を傷つけたものであり、「胃瘻をもつ人々」と「その家族」、そして我々医療福祉関係者を含めて「彼らを人として支える多くの人々」の心を傷つけているという事実を、重く受け止めて頂きたいと思います。
4. 「(施設が)末期医療を担っている所」「意識がない胃瘻患者」「もう絶対戻らない」「反応はない」という認識について
医療の専門家として、「施設が末期医療を担っている所」であり、「(胃瘻を受けている患者が)意識がなく、反応がなく、もう絶対戻らない」という発言が医学的に誤りであることをご指摘いたします。以下に解説させていただきます。
多くの福祉施設は、末期医療を提供することもありますが、基本的には生活の場であり、そこでは生活の延長としての末期医療の提供が行われています。施設は入居者にとって「家」であり、長い年月をそこで暮らしてゆく生活の場(生命活動の現場)です。
胃瘻をもつ方々の多くに意識はあります。自身で積極的に動いたり、自身の感情を的確に表現したりする能力に障害があることが多く、慣れないと反応が分かりにくいのは事実で、一般の方には「意識がない」と思われてしまいがちですが、介護スタッフからのケアに対して、ほとんどの方には反応があります。それは明確な言葉としてではなく、表情の変化やわずかな体の動き等の場合もあります。
スタッフが声かけをしながらケアをするのは、「人」に接する際の基本で当たり前のことです(感動していただく必要はありません)。
また、「寝たきり」が実は「寝かせきり」であり、きめ細やかで長期的なケアによって「植物状態」のようであった方が、口から食べられるようになったり、車いすを操作できるようになったりといった、目覚ましい改善をみる場合も珍しくはありません。
一見「意識がない」ように見える方々の、言葉や動作で伝えられない意思を、表情や身体的なかすかな変化(血圧や心拍数の上昇、眼球の動き、息づかいなど)から読み取っているご家族、医療・介護従事者が多数いることを、知って頂きたいと思います。
個々の死生観・宗教観などが尊重されるのと同時に、社会的に弱い立場にある方々に対して、政策的にセーフティネットが用意される必要があり、それは一部の人間の価値観によって制限されるようなものであってはならないはずです。最善の医療政策、社会保障システムを目指して、政治家と医療・介護従事者、患者・家族が同じテーブルにつき、正しい知識を共有して議論を進めてゆける社会となることを、願ってやみません。
以上、当法人として石原幹事長の一連の発言に対しての抗議と意見の表明をいたしますと共に、正しい胃瘻の適応および終末期医療のあり方について、意見交換の出来る場を設けていただくことを、強く要望いたします。