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おサル先生の在宅医療入門
「在宅NSTの訪問栄養指導!」の巻(2)

小川 滋彦(金沢市・内科)
(石川保険医新聞「おサル先生の在宅医療入門65~70」より一部改変して転載)

低栄養による筋力低下とお酒に足をとられ…

年も明け、Aさん宅の訪問も数回目となったある日。その日は夕方の診療が長引き、午後八時を回ろうとしていた。例によって数回の切り返しでやっと車庫入れをしたおサル先生は、玄関先で遅くなった旨を詫びながら奥さんの迎えを受けた。奥さんはいつになく浮かない顔をしており、すまなさそうに「主人は今日はちょっと…。でも、せっかくいらしたのでお入りください」と応接室に案内してくれた。

Aさんは、その後、半消化態経腸栄養剤一日一本半くらいは何とか飲めているようで、あとは牛乳を少しと、通常の食事は本当に一口か二口。問題のお酒はあいかわらずのようで、これまでにも何回か酔って室内で転んでいるらしい。もちろん酔いだけではなく、PEMすなわち蛋白質エネルギー低栄養状態による筋力低下がその原因としてあることは歴然としている。

「今日は朝から飲んでおりますの。でも、こういう姿も先生にご覧いただいて、お酒を注意していただく方が良いかもしれませんわね」

奥さんはそう自分に言い聞かせて、おサル先生を居間に招き入れた。

「あなた、診察の時間ですよ。先生がおみえですよ」

そこには、文士の出で立ちのAさんの姿はなく、着物ははだけ、真っ赤な顔でこたつにもたれかかる泥酔状態の老人の姿があった。

「なんだ~、こんな夜中に。いったい何なんだ」

体を起こそうとして背中側にぐにゃりと倒れ込む所を奥さんに支えられたながらも、その手を振り払うように腕をばたつかせている様子は、滑稽を通り越して悲しさを感じさせた。おサル先生はまずいものを見てしまった気がした。

「あなた、血圧だけでも測ってもらいましょう」

本人は力が入らないので、それは奥さんの体に当ることはなかったが、手の届く範囲にある、ありったけの物を妻に向かって投げつけた。それでも、Aさんは決しておサル先生の方を見ようとはしなかった。

結局、その日は形ばかりの診察をして、逃げるように帰ってきたが、それ以後ますますAさん宅には足が向きにくくなってしまった。

通院拒否は胃ろう拒否の信号なのか?

奥さんは数日してから訪ねて来て、「私もあれは失敗だったと反省しています。やはり大学病院耳鼻科の先生に会って頼んできます」と婉曲におサル先生の往診を一旦中止するよう伝えた。
「それでは、大学には半年以上ブランクがあるでしょうから、私の方から主治医の先生にお電話しておきましょう」

翌日になって、耳鼻科担当医に電話でAさんの状況を報告すると、

「最近お見えにならないと思っていましたら、やはりそうでしたか。いずれ胃ろうの適応なのですが、その話をした途端いらっしゃらなくなったようですねえ」

Aさんの奥さんは時々相談がてら、栄養剤の処方箋を取りに来るのだが、ご本人はどうしても大学病院を受診しようとしない。介助がなければ受診できないので、診察日に合わせてヘルパーさんを頼むのだが、納得しない。むくみが出てきたとのことで、低蛋白血症のさらなる悪化が想定され、おサル先生は大学病院の知人の内科医に頼んで、入院の予約までしたがそれもダメ。ついには、奥さんの一大決心で呼んだ救急車を、こたつにしがみついて頑として動かず、追い返してしまった。

もう万策尽きたかのように思えた。そんな時、彼女が現われた。管(かん)理栄子(りえこ)という栄養士だった。いよいよ真打ち登場である。