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おサル先生の在宅医療入門
「在宅NSTの訪問栄養指導!」の巻(5)

小川 滋彦(金沢市・内科)
(石川保険医新聞「おサル先生の在宅医療入門65~70」より一部改変して転載)

「指きりげんまん」はウソつかない

おサル先生が久しぶりに訪問すると、Aさんは以前のように文士の出で立ちで、新聞を広げてこたつに座ったまま、おサル先生を一瞥した。一瞬緊張が走ったが、今度はAさんの方から「お世話になっております」と声をかけた。

「主人は先生の所の栄養士さんを、理栄子さん、理栄子さんって呼ぶんですのよ」と奥さんが合いの手を入れると、場は一気になごんだ。

へえ、名前で呼ばれているんだ、とおサル先生はちょっと感心しながら、彼女がいかに硬直した関係の老夫婦にとって「希望の光」だったかをかいま見た気がした。

「主人は理栄子さんとお酒を半分にするって指切りげんまんしましたのよ」

理栄子は少し信頼関係が出来始めた数回目の訪問から、やんわりと節酒指導を開始。お酒は「エンプティ・エネルギー」といって栄養価はとても低く、飲み過ぎると食欲も落ちるので、半分に減らすことを約束させ、その後も訪問の度に本人と妻に確認を取りながら節酒指導をくり返したのだった。

そして、血液検査の申し出も心よく受け入れられた。結局、訪問栄養指導介入前後でAさんの体重は46~47と1kgの増加を果たし、採血データも総蛋白6.3~7.2g/dl、アルブミン3.4~3.9g/dlと増加していた。同時に採ったヘモグロビンはむしろ低下気味なので、少なくとも脱水の血液濃縮による見かけ上の上昇でないことは間違いない。

同じ頃、理栄子も2回目(介入後)の栄養アセスメントを行い、それを棒グラフにしてうれしくてたまらないという風におサル先生に報告した。曰く、介入前の総エネルギー量1760が介入後1991kcalに、蛋白質49gが74gに増加し、その内訳も介入前はほとんどが半消化態経腸栄養剤や牛乳などの流動物に依存していたのが、介入後は固形食からエネルギー・蛋白質ともに30%前後とれるようになった。アルコールの量も約束通り本当に半分に減っていたのだった。

おサル先生は心の底から感心した。在宅の栄養障害が問題だ、と日頃からうそぶいているわりには、患者の体重を測ってみることもなければ、何をどのくらい食べているかも把握していなかった。それをこんな具合にデータで示されたら、本当に本当に目からウロコではないか。でかした!理栄子さん。ボーナスはずもう、と心に誓ったおサル先生であった。

「食」の力は「人」も動かす

おサル先生が知る範囲はここまでだが、賢明な我々は理栄子のノートをもう少し詳細に見てみることにしよう。理栄子のノートには本例の問題点がおよそ4つにまとめられていた。1)アルコールへの依存1日三~四合)、2)低栄養状態、3)食べ物に対するこだわり、4)同居者・妻との関係、であり、彼女はこれらを粘り強く解決に導いていったわけである。

最後の3と4の問題に対して、理栄子は本例のまとめとして次のように書いていた。

『A氏は「冷蔵庫にもどこにも食べるものがない、古いものしかない、捨てなさい」と毎日のように妻を怒っていた。しかし、これはA氏の本心で言うと「食べるものではなく て、食べられるものが欲しい」という訴えではないかと妻に話した。「少しでも、食べたいものを食べやすくして食卓に出せるように、いっしょに考え、つくりましょう」と話し合いました…』

理栄子はA氏だけではなく、いっしょに食事をつくることよって妻にも「介入」していたのではないか。「食」の力によって「A氏と妻との関係」に「介入」できることを最初から信じていたのではないか。