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若き頭頸部外科医の挑戦(1)

東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科
二宮 竜太
遺稿

国際医療福祉大学病院 外科 教授
鈴木 裕
二宮 竜太

今回HP開設に際して、執筆してくれる筈の共同研究者、二宮竜太のいないことに、私は深い悲しみを抱かずにはいられない。彼とは5年ほど前に、富士市立中央病院で共に働いた仲間であるが、同時にPEGの魅力に取りつかれた同志でもあった。従来、頭頸部外科領域-いわゆる耳鼻科領域は独立した領域として存在しており、PEGや栄養管理といった分野は得意ではない。そのような日本の頭頸部外科の常識を変えるのではないかとさえ思えるほど、彼の研究には魅力があった。昨今、話題を集めている医療の情報開示や医療経済、患者さんやそのご家族のQOLなどの問題に対しても、彼は真摯に正面から取り組んでいた。


しかし、1997年元旦の無惨で不条理な交通事故によって、彼の研究はすべて途絶えてしまった。


竜太の研究の柱は、大きくわけて2つで構成されている。ひとつは、チーム医療体制。もうひとつは、合理的な患者さん中心の栄養管理についてである。どうしても彼の研究の灯火を消したくない一念から、頭頸部外科医でもない私に、ここで竜太の研究について述べることをお許しいただきたい。

●竜太が発表するはずだった研究の成果

1998年1月24日の頭頸部外科学会に竜太が研究発表の予定であった予稿があるので、先ずこれを紹介したい。私は外科医でありながら、学会長の森山寛教授のご許可をいただいて竜太の代理発表をさせていただいた。

「頭頸部外科における新しい栄養管理法 -QOL向上を目指して-」

二宮竜太、内田亮、中島康弘、片山 昇(富士市立中央病院耳鼻咽喉科)鈴木 裕、羽生信義(慈恵医大外科)頭頸部外科領域の再建技術の進歩により、一期的手術が可能となり、患者のQOLは飛躍的に向上した。しかし、術前、術後の栄養管理はTPNや経鼻胃管による経腸栄養が一般的で、患者への肉体的、精神的苦痛は無視し得ない。そこで、我々は、

1)癌性疼痛、放射線照射による粘膜炎、腫瘍による嚥下困難などのために経口摂取不良があり、術前の栄養状態の改善の必要があること。
2)術後数週間の絶食を強いられ、その後の嚥下訓練に長期間を要するため経腸栄養や補助栄養が必要であること。
3)早期の退院を希望し、在宅での嚥下訓練中の補助栄養の必要があること。

これらの条件を満たす症例に対し、治療前にPEG ( percutaneous endoscopic gastrostomy )を造設し、術前、術後、在宅での経腸栄養を施行し、栄養学的観点、患者の苦痛の軽減、入院期間の短縮、医療費の削減、重複癌の検索などの観点から良好な成績が得られたので報告する。

この予稿には、彼の臨床研究の成果が簡潔にまとめられているので、これをもとに説明を加えたい。

頭頸部外科腫瘍の患者、すなわち喉や咽の癌患者さんは、他の疾患と比べて、苦痛が圧倒的に多い。飲み込むことができなかったり、声を失ったりすることは、日々の生活で計り知れないストレスとなる。彼は先の予稿の中にあるように、頭頸部腫瘍の患者について上記の3点を洞察し、これらの問題への具体的な方法論としてPEGを導入した。彼の方法にはいくつもの新しい発想があった。

●頭頸部癌患者の治療における栄養状態改善の必要性

頭頸部癌患者のほとんどは、お酒のみでたばこ吸いである。しかもかなりヘビーである。いわゆるバランスのとれた栄養とは縁のない人たちに頭頸部の癌は多くできる。しかも、腫瘍が大きくなっていることが多く、食べ物が通過しづらいため、食事が十分に摂れない、その結果、ひどい栄養失調状態となり、抵抗力も低下している。

一方、頭頸部癌は、化学療法や放射線療法がよく効く癌であるので、これらの治療を先行させて、腫瘍を縮小させてから手術を行うことが多い。ところが化学療法の副作用としては、食欲の減退を招き、放射線照射は喉の粘膜炎を伴う。したがって、食事が思うように喉を通らなくなる。彼は、このような患者の苦痛を多く診ていたので、「術前にPEGを行う方法」を考案し、(1)術前の栄養改善をはかる、(2)術前の化学療法や放射線療法を行う患者への栄養摂取の困難さを回避し、(3)手術後も早期から最も栄養学的に優れた経腸栄養を行い、(4)退院後も患者の状況に合わせて自己栄養管理を行い社会復帰を継続させる、という合理的な方法論を確立したのである。本来、頭頸部癌患者は、食道から下の消化器機能に障害がないため、術前を含め、腫瘍患部の治療が終わるまでの期間、患部を通過しない胃へのバイパス栄養を行うというのは、いかにも単純な発想で当然のように思われる。しかし,これはまさにコロンブスの卵といえる発想で、この考え方を頭頸部領域の癌治療に応用した報告はきわめて少ない。

一般に、外科手術の成功か否かの重要な指標は術前の栄養状態であることが最近の論文で明らかにされてきたが、彼の方法は、まさにこれを実践しており、理にかなっていた。しかし、このような方法を聞かされた患者さんやご家族は、おそらく躊躇されたに違いないが、彼の確信と情熱にみちた説明で、容易に治療に入り込めたと推測される。

●入院期間は従来の1/3から1/5 -この驚異的な治療法を成功させた力-

この方法の結果は、予想をはるかに越えた好成績であった。この方法を施行した患者さんは10名に満たなかったが、全例医学的にも患者さんのQOLの視点からも十二分な手ごたえがあった。

頭頸部外科患者の入院期間が長期におよぶ原因は、術後数週間の絶食と長期間を要する嚥下訓練である。このことを熟知していた竜太は、術後第1病日からPEGによる経腸栄養を開始した。胃に異常があるわけではないのだから術後第1病日からでも栄養投与ができたのである。しかも、これによって患者さんは、ほとんど点滴で拘束されることもなく、最も優れた栄養管理が可能となったのである。

この当たり前とも思える方法が、入院期間を従来の1/3から1/5にまで短縮させた。これは、医療経済的に大きなメリットがある。入院期間が短縮すれば、それだけ医療費がかからなくなる。医療費が合理的な方法によって削減できれば、より多くの患者さんに医療費が配分され、質の高い医療が提供できる。もはや、医療費の高騰は、他人事としてとらえられないときを迎えている。医学的にも患者のQOLからみても、彼の方法は合理的であった。

今までにない素晴らしいこの方法を、若き耳鼻科医の二宮竜太が行うことができた一番の原動力は、外科や腫瘍内科、内視鏡科、麻酔科、病棟および訪問看護ステーションのナースらとのチーム医療にある。今、騒がれているチーム医療のさきがけだったのであろうが、頭頸部外科領域に各医療者の専門的な力を結集し、チーム医療を導入したという点で彼の功績は大きい。当時、彼と共に働いていた私の目から見ても、患者さんやご家族からの信頼は厚く、回診のたびに、竜太の手を握り、ありがとうを連発する老夫婦の姿は今でも鮮明に記憶している。

彼の構築したチーム医療は、結果として早期退院、医療費節減に貢献したという一面を持つわけだが、根本にあるものは、患者さんやご家族への負担ができるだけ少ない状態で早期退院させたいという彼の思いであり、さらに、在宅でも継続するというのが、彼のコンセプトであったようだ。