PEG -おなかに小さな口-
口から食べられない人のために

PEGドクターズネットワーク代表理事
国際医療福祉大学病院 外科 教授

鈴木 裕

鈴木 裕

●胃瘻とはピアスのようなもの
PEGとは、Percutaneous(経皮)Endoscopic(内視鏡的)Gastrostomy(胃瘻造設術)の頭文字をとった略語です。口から食べたり飲んだりできないひとや栄養を補う必要のあるひとのために“おなかに小さな口”を内視鏡を使って造る手術のことです。胃の内腔(内側)とおなかの皮膚との間の瘻孔、すなわち胃瘻から水分や栄養を補給するので、これを第二の口と表現したのです。

しかし、この瘻孔や胃瘻という言葉は馴染みがないと思いますので、ピアスをイメージしてください。ピアスの穴は、傷が落ち着けば、出血したり痛みや違和感が残ることはまずありません。消毒する必要もなくなります。もちろん清潔にしておく必要はありますので、入浴時、石鹸をつけて洗うこともできるのです。

また、ピアスをとったままにしておくと自然に塞がってしまうように、胃瘻もチューブを抜けば瘻孔は数日で閉鎖してしまいます。つまり、 胃瘻は一度造っても、また元に戻せるのです。抜去(抜く)するときにも麻酔をしたり、縫合(皮膚を縫うこと)する必要もありません。抜去後数時間は、飲食は控えてもらいますが、それ以降は普通に食事もできます。この“抜けば元に戻せる”ということがPEGの真骨頂といえるでしょう(p68「PEG10の質問」)。

●立ち遅れている日本の状況 
日本の状況はというと、残念ながら、同様とはいえない。ごく一部の例外を除いては、政府の医療関係機関も医師による団体や民間企業も、一般の人向けでありながら質の高い医療情報をインターネットで提供しているとはいえない。ある特定の病気に関しての対応の仕方を調べようとして検索を行っても、その大半は、政府や民間の研究機関などによる素人には難解すぎる専門知識に片寄ったサイトか、医学とは無縁な素人が自らの経験を語っているホームページである。前者の場合には、意図的ではないにせよ、「不親切」といった印象をぬぐいきれないし、後者の場合には、ホームページの作成者が多大な時間と労力をかけているのは明らかなのだが、医学の専門家の視点が欠けていることで、その価値自体に疑問が生じてしまう。
日本人の医師の中にも、インターネットを通じて医療情報を提供するために奮闘している人もいる。しかし、問題は充実した医療情報をウェブサイトで提供したり、情報ネットワークを立ち上げたりするためには、人手も予算も足りないというのが現実だ(Japan Times 2001年2月21日付の記事から)。

●PEGの歴史と現状
PEGは、1979年アメリカで、外科医Ponskyと小児科医Gaudererらにより初めて行われました。当初は神経疾患による嚥下障害の小児が対象でしたが、次第にその適応が拡がり、現在では脳梗塞や脳出血などによる嚥下(飲み込む)機能障害患者にも行われるようになりました。
PEGは外科的開腹(お腹を切る)胃瘻造設術に比べて、侵襲(患者さんの体にかかる負担)が小さく、医療費を圧倒的に減らすことができたので、欧米では爆発的に普及し、胃瘻造設術の標準的術式となりました。

アメリカにおける日本の老人ホームに相当するナーシングホームでは、数年前から、経鼻栄養患者(鼻から管が入った患者)の入所を拒否しており、胃瘻患者を積極的に受け入れています。鼻のチューブは、非侵襲的(手術をしない)で比較的簡単に挿入できることから、まず初めに行われます。 しかし、長く使っていると、チューブが入っていることによる合併症が問題になります。管が入っている鼻や喉が痛くなったり、食べ物が胃から逆流して肺炎を起こす危険性もあります。そのようなことから、欧米では胃瘻ないし腸瘻が推奨されているのです(図)。1999年には約40万件が施行されており、PEGがアメリカ社会で市民権を得ていることがうかがえます。

一方、わが国では欧米で定着した1990年当時でも、ほとんど行われていませんでした。しかし、昨今の急激な高齢化と適正な医療費の必要性、患者さんの負担を少しでも軽減するという姿勢などから注目され始め、日本でも急激に施行件数が増えてきました。1998年には約7万件が施行され、今後も増えることが予想されています。
ここで問題なのは、日本では依然として全栄養管理の約80%が静脈栄養で、欧米の経腸栄養80%に比べるとまだまだ経腸栄養管理の適応が正しく認識されていないということです。嚥下障害患者に関していえば、病気の多くが脳血管障害や神経疾患であり、ほとんどの場合、消化管機能は正常です。しかも病気が長く続くことから、栄養法として経腸栄養(おなかに食べ物を入れる栄養)が適応となるのは当然と思われます。
PEGが普及してきた理由として、その特徴やメリットにつきましては本冊子に多くの方々がご寄稿下さいましたので、ご参照下さい。


次のページへ