1. 誤嚥性肺炎と口腔ケア
1.1 慢性期施設
要介護高齢者に2年間通常の口腔ケアを行った群と、専門的に口腔ケアを行った群の肺炎発症率を比較すると、約40%を抑えることができたという報告が1999年に発表されました1)。ちょうど介護保険の2000年施行もあり、この頃から医療・看護・介護で口腔ケアが注目を浴びるようになった根拠となりました。
1.2 急性期病院
急性期の病院では、日本の22の病院、約600人のデータですが、入院中に起きた肺炎を調査したところ、40歳代までは誤嚥性肺炎は見られませんでしたが50歳代から高齢になるほど、誤嚥性肺炎の割合は増加しました2)。急性期の病院でも誤嚥性肺炎は高齢者にとって大きな問題になっています。(図2)
誤嚥性肺炎のリスク因子としては嚥下障害のようにエビデンスレベルが2a、オッズレートが1.46から23.11という非常に高いリスク因子のものもありますが、口腔ケア不良もエビデンスレベルが2bで、オッズレートが1.2から3.9という報告もあります。
2. 口腔ケアの基本的考え方
2.1 口腔ケアの基本的な考え方
口腔をきれいにするということは歯ブラシをすれば綺麗でしょうか?
歯が28本あるとすると口腔に占める歯の表面積は25%、粘膜の表面積は75%といわれています3)。
それでは歯を全て失った人は、歯を磨けませんから、そのままの状態で口腔は綺麗でしょうか?もし粘膜清掃しなくてはいけないとしたら、歯がある人は、粘膜清掃は必要ないのでしょうか?このような考え方が非常に重要になります。
唾液は安静時には約0.3ml/min、睡眠時には0.1ml/min、食事時には4.0mi/min分泌され、1500ml/dayを私たちは分泌しています4)。
また嚥下運動は、安静時には約3分に1回、睡眠時には約12分に1回、食事時には約20秒に1回の割合で、合計1日に約600回しています5)。
つまり私たちは少しずつ唾液を出して頻回に飲み込んで、常に口腔内の残渣や細菌を胃に送っていると考えられます。胃は平常時 pH 1.3、食事をしても4.0という強酸性環境ですから、これがいわば24時間常に口腔を保清しているシステムといえるでしょう。
逆に考えると唾液量が減少したり嚥下運動が減退すればいくら歯を磨いても口の中全体を見た時には、口の中は汚くなると考えられます。
2.2 口腔の汚れと口腔ケアの考え方
口腔の汚れといえば、粘膜や歯にバイオフィルムという形で付着している細菌、唾液の中を浮遊している細菌、新陳代謝により生理的に脱落してくる口腔粘膜細胞、食物残渣などが代表的なものといえます。うがいをしたり唾液を嚥下する時に、胃や口腔外へ移送されるのはバイオフィルム以外の遊離した部分となります6)。
ですから口腔ケアをするということはバイオフィルムとして付着している細菌を剥がして遊離させなくてはいけないので、私たちは歯ブラシですとか粘膜清掃を行うわけです。しかしそれだけではなく、会話をしたり口を動かすという運動すると粘膜同士、粘膜と歯同士がお互いに擦過されることにより表面の細菌バイオフィルムを剥がすことができます。また通常形態の食事をする、つまり固いものもよく噛んで食べれば咀嚼運動の最中に口の中を食物が粘膜や歯の表面を擦過することによりバイオフィルムを剥がすことができます。
つまり口腔ケアをきちんとするし、よく喋る、かたいものをちゃんと食べるというような方は、遊離する部分が増えるので、うがいをしたり、飲み込んだりすれば口の中はかなり綺麗になります。そして時間が経てば、また細菌が繁殖するというようなサイクルを繰り返して、私たちは口の中の保清ということを考える必要があります6)。
2.3 口腔の高リスク患者
ADL が低下して覚醒不良の患者さんなどは、あまり会話もしないし口も動かさない。また口から食べられない胃ろうや鼻ろうの方、柔らかなミキサー食などを食べている方というのは、前述のような24時間の保清システムは破綻しているわけです。ですからそのような患者さんたちはどこをケアすればいいのかと言うと、舌や口蓋、頬粘膜など口腔の内側の粘膜清掃をするということが非常に重要な視点となります。さらに外に吐き出したり、飲み込んで胃に送ったりできなければ細菌は再付着したり増殖したりするわけですし、口を動かす会話、咀嚼、通常形態の食事なども口腔保清に繋がっているといえます。
このような高リスク患者さんの口腔に対応するためには,抗菌成分や抗炎症成分,湿潤剤,殺菌成分などを含んだ歯磨き剤や口腔保湿剤の使用が薦められます。
2.4 口腔ケアのポイント
誤嚥性予防のための口腔ケアのポイントは舌や口蓋など口の内側の粘膜ケアです。歯を磨くのは虫歯予防、歯と歯茎の間を磨くのは歯周病予防ということになります。これらをしなくて良いわけではなく、ターゲットは粘膜ケアという考え方が重要です。
また口腔ケアはもちろん必要ですけれども、うがい、嚥下、会話、咀嚼など口の機能を使うこともとても大切です。また通常形態の食事を普通のものを普通にちゃんとしっかり噛んで噛むという事も口腔保清につながります。これらが総合的に口腔の保清を担っていると考えられます。
3. 少し広い視点での口腔ケアの見方
3.1 口腔内総細菌数の日内変動と唾液分泌
口腔内細菌数は食事のたびに減って、就寝中に30倍に増加するというような日内変動(ピンク)をすると考えられます。口をあまり動かさない人(赤)、よく動かす人(黄色)、胃ろうの人(点線)はどうなるでしょうか?
また唾液の分泌量の日内変動はどうなるでしょうか?
基本的には昼間増加し、夜間は減り、食事時は一時的に増加します。しかし、花粉症の薬を飲んだり、テストなどのストレスがあると減るかもしれません。唾液の分泌は口腔の自浄性と強い関連があります。食事のパターンや内容ですとか、唾液の分泌量の日内変動は人それぞれです。こういう視点で口腔の保清を考えることも大切でしょう。
3.2 口腔から肛門までは1本の管
口から肛門までは一本の管です。口から肛門までは約8m、 1番長い部分は小腸で6m、小腸の表面積はテニスコート1.5枚分といわれています。
口から胃までのことを考えると、H2ブロッカーや、PPI、P-CABなどと肺炎などとの関連が報告されています。H2ブロッカーやPPIを服用していると、中止した人と比較すると肺炎発症率が1.63倍、1.89倍高い7)、約64000人のコホート研究ではPPIは院内肺炎を30%増加させる8)、35万人のコホート研究ではH2ブロッカーに比較してPPI服用患者の死亡割合が25%高かったことなどが報告されています9)。
また口から腸までを考えると、腸内細菌数を比較したところP-CAB服用患者の口腔内常在菌の割合は著明に増加して、CDIを抑制する細菌数が著明に減少したというような報告もあります10)。難治性の下痢が続く経腸栄養の患者さんには、ちょっと口を綺麗にしてみよう。というような考え方が必要なのかもしれません。
4. 口腔ケアの目的とは
口腔ケアは病態を本来の状態に戻すという視点が重要なのではないかと思います。口腔が直接的または間接的に悪影響を及ぼしている患者さんの病態を、口腔ケアという一つの手段を用いて医療も看護も介護も十分な力が発揮できるような状態に戻すという視点です。逆に考えると、口腔ケアを行わなければ口腔が病態を悪化させる因子となってしまうのです。
ぜひ歯科医師や歯科衛生士と連携して、口腔ケアに取り組んでいただきたいと思います。
文献
- Yoneyama T, et al: Lancet 354 : 515, 1999
- Teramoto S, et al : J Am Geriatr Soc 56 : 577-579, 2008
- Kerr WJ.S. and D.A.M. Geddes:J.Dent.Res. 70(12),1528-30, 1991
- 上羽隆夫 編:スタンダード口腔生理学.㈱学建書院、東京,305,1996
- Lear CSC, et al.: Arch oral Biol 10:83-99,1965.
- 藤本篤士、武井典子:藤本篤士、他編著. 5疾病の口腔ケア、医歯薬出版、東京、p8-11, 2013
- Robert J F Laheij 1, et al. : JAMA 292: 1955-1960, 2004
- Shoshana J Herzig, et al. : JAMA 301(20): 2120-2128, 2009
- Yan Xie1, et al. : BMJ Open 7(6): e015735, 2017
- Taketo Otsuka, et al. : Gut 66(9): 1723-1725, 2017