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Chapter1 PEG
2.2疾患別 PEG適応②アルツハイマー病


国際医療福祉大学病院 脳神経内科 小川 朋子

鈴木 裕
記事公開日 2020年6月1日
2024年5月6日版

1.アルツハイマー病とは

アルツハイマー病は、認知症の原因として最も頻度の高い神経変性疾患です。2020年現在の日本における認知症患者は約600万人と推定されますが、その過半数はアルツハイマー病と考えられます。
アルツハイマー病の症状としては、新しいことが覚えられなくなる近時記憶障害が中心となります。その後、実行機能障害(段取りが立てられない、計画できない)、見当識障害(いつ、どこ、だれがわからなくなる)、失語(物の名前が出てこない)、失行(服の着方がわからない、道具が使えない)、失認(物が何かわからない)などの症状が出現し、進行します。それらに加えて、様々な程度の行動・心理症状(問題行動:BPSD)がしばしば認められます。攻撃性や暴力、落ち着きのなさ、同じことを繰り返し尋ねる、徘徊、不穏・興奮、もの盗られ妄想などが出現すると、介護に非常な困難を来すことは想像に難くありません。
頭部CTやMRI検査では、(図1)のように、海馬・側頭葉内面・頭頂葉の対称性萎縮を認めることが多く、脳血流検査(SPECT/PET)では海馬・側頭葉内面・頭頂葉・後部帯状回での血流低下が特徴的です。

図1 アルツハイマー病患者の頭部MRI
図1 アルツハイマー病患者の頭部MRI
矢印が海馬である。海馬萎縮のため、側脳室下角は拡大している。

2.アルツハイマー病の自然歴

アルツハイマー病は、ゆっくり悪化する慢性進行性の経過をとります。病状の進行の度合いを示すものにFASTステージ分類(表1)があります。アルツハイマー病の発症から死亡までは平均3~10年とされ、高齢発症者ほど生命予後が短くなります。日本人での検討では、50%生存期間は8.5±1.4年とのデータがあります。アルツハイマー病患者の直接死因としては肺炎が最も多く、それには嚥下障害や誤嚥が強く関与していると考えられます。

表1 アルツハイマー病の進行度分類(FAST)
FAST stage 臨床診断 FASTにおける特徴

1.認知機能の障害なし

正常 主観的および客観的機能低下は認められない
2.非常に軽度の認知機能低下 年齢相応 物の置忘れを訴える。喚語困難

3.軽度の認知機能低下

境界状態 熟練を要する仕事の場面では機能低下が同僚によって認められる。新しい場に旅行することは困難

4.中等度の認知機能低下

軽度のAD 夕食に客を招く段取りをつけたり、買い物をしたりする程度の仕事でも支障を来す
5.やや高度の認知機能低下 中等度のAD 介助なしでは適切な洋服を選んで着ることができない。入浴させるときにも何とかなだめすかして説得することが必要なこともある
6.高度の認知機能低下 やや高度のAD
a)不適切な着衣
b)入浴に介助を要する。入浴を嫌がる
c)トイレの水を流せなくなる
d)尿失禁
e)便失禁
7.非常に高度の認知機能低下 高度のAD
a)最大限約6語に限定された言語機能の低下
b)理解し得る語彙はただ1つの単語となる
c)歩行能力の喪失
d)着座能力の喪失
e)笑う能力の喪失
f)昏迷及び昏睡

3.アルツハイマー病の治療

アルツハイマー病の治療薬には、脳内のアセチルコリン(Ach)を増やす働きのある、コリンエステラーゼ阻害薬「ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン」と、グルタミン酸受容体の過剰な興奮(ノイズ)を抑制するNMDA受容体拮抗薬「メマンチン」が使用されています。前者の副作用として、悪心・嘔吐・食欲不振などの消化器症状が出現することがあります。また後者は、意欲低下やめまい、傾眠などの副作用の報告があります。早期のアルツハイマー病に対しては、脳のアミロイドを減少させるレカネマブという点滴治療が保険適応となりました。
 アルツハイマー病に伴う問題行動(BPSD)の治療としては、やむを得ず、非定型抗精神病薬が処方されることがあります。しかし、2005年にFDA(米国食品医薬局)は、突然死等が増加するとの警告を出しており、その適応については、適用外使用であることも含め慎重に行うべきでしょう。

4.アルツハイマー病患者の食欲不振と対策

進行期アルツハイマー患者の約8割が何らかの摂食・嚥下障害を来す、と報告されています。

食欲不振の原因としてまずは、味覚障害や嗅覚障害による、食の好みの変化が考えられます。アルツハイマー病患者は、味覚障害のため、特に甘い味や濃い味を好むようになります。味付けを濃くしたり、香辛料を利かせた食事にしたりすることで、食欲を取り戻す努力をします。

アルツハイマー病患者は、食事に際して注意(集中)を保つことが困難になります。複数の皿があると一部を見落としやすくなるのも、認知症の症状の一つです。また、箸がうまく使えないために、食事をやめてしまう患者もいます。これらの対策としては、注意をそらすテレビなどの刺激がない状態で、一皿に料理を盛りつけ、スプーンの使用を促す方法が考えられます。抗認知症薬の使用や増量も考慮すべきでしょう。
さらに、薬剤の副作用による食欲不振もしばしば経験するところです。アルツハイマー治療薬のドネぺジルやガランタミンは、アセチルコリン・ムスカリン作用により、食欲不振・嘔吐を引き起こします。この場合は、治療薬をリバスチグミンやドネペジルの貼付剤に切り替えることが望ましいでしょう。貼付剤は経皮吸収であるため、吐き気や食欲不振の副作用は比較的少ないとされています。リバスチグミン貼付剤によって、嚥下機能が改善した報告もあります。

また、BPSDに対して抗精神病薬が投与されている場合は、意識レベルの低下や薬剤性パーキンソニズム、唾液分泌低下などを引き起こし、食欲低下や嚥下障害を来すことがあります。可能な限り、抗精神病薬を減量・中止します。

その他、抗ヒスタミン薬や抗コリン作用のある薬剤も、唾液分泌低下を来して食欲低下を招くため、中止・変更が必要になります。

5.アルツハイマー病末期の摂食障害

アルツハイマー病がさらに進行すると、食物を認識できなくなります。口や舌運動がうまく行えなくなり(失行)、咀嚼・嚥下動作や嚥下反射が遅延するようになります。また、原始反射(口尖らし反射や吸綴反射)が出現し、スプーンを咥えて離さないなど、食事介助が困難になることもあります。このような状態はFASTステージ(表1)としては6の後半~7で、日常生活のレベルも車いす~寝たきりの状態となっていると思われます。

6.アルツハイマー病患者に対する胃ろうの適応

アルツハイマー病患者に対する胃ろうの適応については、具体的な指針はありません。しかし、アルツハイマー病自体が進行して食事が取れなくなった場合には、胃ろう造設によってQuality of Life(QOL)が改善するとは言い難いため、積極的な導入は控えるべきと考えます。

実臨床の場でよく経験するのは、下記のようなケースです。それまで食事がとれていたアルツハイマー病患者が、誤嚥性肺炎やその他の急性疾患で入院し、入院の原因となる疾患は回復しましたが、その後も嚥下困難や食事量の低下が続いており、栄養管理に苦慮している、といった状況です。この場合に、人工的な栄養管理の適否が検討されることが多いでしょう。

上記FASTステージの米国版には、ステージ7の次にステージ7C+があります。FAST 7の進行した認知症に加え「誤嚥性肺炎・尿路感染症・敗血症・多発褥瘡・持続する発熱・6か月以内に体重が10%減少」の項目が出現した状態です。この6つの因子は、半年以内の死亡のリスクとされており、上記に当てはまる場合は胃瘻造設を行わないのも妥当な判断といえるでしょう。

残念なことに、現実ではアルツハイマー病患者の胃ろう造設は、家族や施設の都合で決定されていることもしばしばです。

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