- PDNレクチャーとは?
- Chapter1 PEG
- Chapter2 経腸栄養
- 1.経腸栄養の特徴と適応
- 2.経腸栄養剤の分類
- 3.病態別経腸栄養剤
- 3.1 病態別経腸栄養剤とは?
- 3.2 肝不全用栄養剤
- 3.3 腎不全用栄養剤
- 3.4 糖尿病用栄養剤
- 3.5 呼吸不全用栄養剤
- 3.6 免疫賦活栄養剤、免疫調節栄養剤
- 4.経腸栄養に用いられる製剤および食品
- 4.1 グルタミン製剤(食品)
- 4.2 微量元素製剤
- 4.3 食物繊維
- 4.4 プロバイオティクス、シンバイオティクス
- ① プロバイオティクス
- ② シンバイオティクス
- 4.5 ORS(経口補水液)
- 4.6 増粘剤、ゲル化剤
- 4.7 脂肪酸
- ① 脂肪酸とその分類
- ② 多価不飽和脂肪酸(ω-3, ω-6系)
- ③ 中鎖脂肪酸(MCT)
- 5.半固形化栄養剤
- 5.1 基礎的な知識
- 5.2 臨床的な知識
- ①胃瘻からの半固形化栄養材
短時間注入法 - ②栄養剤形状機能について
- 6.ミキサー食
- 6.1 ミキサー食(成人)
- 6.2 ミキサー食(小児)
- 6.3 ミキサー食(小児)
- 7.早期経腸栄養
- 8.周術期経腸栄養
- 9.在宅経腸栄養
- 9.1 在宅経腸栄養
- 9.2 在宅診療の医療費の実際
- 9.3 終末期医療にかかる費用
- 10.経腸栄養に必要な器具
- 11.経腸栄養時の薬剤投与
- 12.経腸栄養の管理
- 13.経腸栄養の合併症と対策
- 14.栄養剤使用時の栄養アセスメント
- ●「経腸栄養」関連製品一覧
- Chapter3 静脈栄養
- Chapter4 摂食・嚥下リハビリ
- PDNレクチャーご利用にあたって
Chapter2 経腸栄養
3.病態別経腸栄養剤
6.免疫賦活栄養剤、免疫調節栄養剤
上尾中央総合病院 大村健二
2022年4月1日版
1.免疫賦活栄養剤とは
免疫賦活栄養剤(immunonutrition)とは、侵襲時に要求が高まる物質や炎症反応を抑える物質、侵襲による消化管上皮の萎縮を防止する物質などを添加、あるいは強化した栄養剤である。免疫増強栄養剤(immune-enhancing diet、IED)、あるいは免疫調整栄養剤(immunomodulating diet)とも呼ばれる。
2.免疫賦活栄養剤に添加される物質
2.1 アルギニン(Arg)
侵襲を受けた生体や担癌患者にみられる細胞性免疫能の低下の主因は、血中のArg濃度の低下にあると考えられている1)。実際、T細胞の増殖抑制やT細胞受容体複合体の異常は、Argの欠乏で引き起こされることが判明している2)。なお、このArgの低下は侵襲や腫瘍の存在により出現するmyeloid-derived suppressor cells(MDSC)と呼ばれる未熟な骨髄細胞がアルギナーゼ1を活性化してもたらされると推測される3)。その欠乏を防ぎT細胞の機能障害を可及的に回避するためには、通常の生理的要求量を上回るArgの投与が必要となる。
Argは、インスリン抵抗性改善作用を有する。肥満患者に低カロリーの治療食を与えて運動療法を施し、同時にArgを投与すると偽薬を与えた場合と比較して有意に食後の血糖値が低下する4)。200 mg/dL以上の高血糖では、好中球の遊走能、活性酸素産生能、細菌貪食能が低下する。さらに、マクロファージの機能も低下し、これらが司る自然免疫能が低下する5)。したがって、血糖値の低下はこれらの血球の機能の改善し、自然免疫能回復させる。
プトレシン、スペルミン、スペルミジンなどのポリアミンは、細胞の分裂や機能の維持に必須である。また、ポリアミンはArgを基質として合成される。前述した如く侵襲や癌の存在はArgの欠乏を引き起こすため、組織の恒常性の維持に必要なポリアミンの産生が障害される。消化管上皮を正常に保つためにもポリアミンが必要であることが判明しており、Argは侵襲による細菌移行(bacterial translocation、BT)の阻止に働くと考えられる6)。
Argは一酸化窒素(nitric oxide、NO)合成の基質である。NOは極めて多彩な生理活性を有し、半減期が短い物質である。NOの血管に対する作用は、血管壁の平滑筋の弛緩、血管の拡張である。その結果、血流の増加がもたらされる7)。侵襲が加わった状態ではアドレナリン優位なホルモン環境にあるため動脈、とりわけ細動脈が収縮し、末梢の血流は障害される。この循環障害は、免疫担当細胞の遊走を妨げるとともに組織の修復を遅延させる。したがって、NOの適度の供給は組織循環の改善を介して局所免疫能の改善と組織の傷害からの回復を促進する。一方敗血症では、マクロファージが産生する大量のNOが敗血症性ショックに特徴的な末梢血管の拡張と血圧の低下に関することが指摘されている8) 。したがって、敗血症やその疑いがある症例にArgを強化した栄養剤の投与は避けるべきであると考えられる。
2.2 核酸
核酸は、タンパクの合成や細胞分裂に必須である。したがって、組織修復時や骨髄における細胞分裂が亢進する感染症では要求が増加する。しかし、核酸の合成にはペントースリン酸経路の円滑な機能が必要であり、侵襲時にはその保証がない。そのため、外因性の核酸は侵襲時のタンパク合成や細胞分裂の維持、ひいては免疫能の保持につながると考えられる。
2.3 グルタミン(Gln)
Glnは、消化管粘膜細胞やリンパ球マクロファージ、好中球などの免疫担当細胞のエネルギー源である。したがって、Glnは消化管粘膜細胞の増殖、特異的および非特異的免疫能の維持に関与する9)。またGlnは、核酸合成の初期段階の炭素骨格供与体でもある。
2.4 ω3系(n-3系)多価不飽和脂肪酸
高度の侵襲や感染が原因で血中に放出された炎症性サイトカインが生体に悪影響を及ぼす状態を全身性炎症反応症候群(SIRS)と称する。また、炎症と同時に抗炎症性メディエーターが放出される。これらが優位となった状態がcounter anti‐inflammatory response syndrome(CARS)であり、CARSでは免疫能が低下する。高サイトカイン血症に起因する免疫能の低下を防止するためには、侵襲や感染初期の炎症反応の抑制が有効と考えられる。ω3系多価不飽和脂肪酸であるαリノレン酸は、ω6系多価不飽和脂肪酸(リノール酸)からの炎症惹起物質や血栓形成物質の生成を抑制する。
ω3系多価不飽和脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)から作られるレゾルビンE群、ドコサヘキサエン酸(DHA)から作られるレゾルビンD群には、好中球の過剰反応を抑制することによる抗炎症作用がある10)。SIRSに特徴的である高サイトカイン血症の始まりは多数の好中球の遊走であるので、レゾルビンにはSIRS抑制作用が期待される。
3.免疫賦活(調整)栄養剤の組成
市販されている免疫賦活(調整)栄養剤の組成については「病態別栄養剤とは?(概要と種類)」の項を参照されたい。
4.免疫賦活栄養剤の効果に関するエビデンス
重症症例に対する免疫賦活栄養剤の効果については、24の研究をメタ解析した結果が報告されている11)。その結果、様々な組成の免疫賦活栄養剤のなかで、ω3系多価不飽和脂肪酸に富む魚油のみを強化した栄養剤に限って死亡率、感染症発生率、在院日数の改善が認められた。一方、重度外傷や広範囲熱傷に対する免疫賦活栄養剤の有用性に関する明確なエビデンスは示されなかった。
周術期に用いる免疫賦活栄養剤の有用性については、21の無作為化比較試験(RCT)をメタ解析した結果が報告されている12) 。免疫賦活栄養剤は術前、術前術後、術後のいずれのタイミングで用いても術後の全合併症および感染性合併症の発生率を低下させた。また、周術期に免疫賦活栄養剤を用いると、入院期間がおよそ2日間短縮した。しかし、術後の死亡率には影響を及ぼさなかった。
重症急性膵炎の治療では、早期に開始する経腸栄養の有用性が確認されている。しかし、通常組成の経腸栄養剤と免疫賦活栄養剤いずれを用いても、感染性合併症の発生率と死亡率に差を認めなかった13)。
5.免疫賦活栄養剤の使用法(表1)14)
現在、概ねコンセンサスを得ている免疫賦活栄養剤の使用に関する推奨を表にまとめた。
1.Immunonutritionを早期投与すべき患者 ①期消化管手術患者 上部消化管手術(食道、胃、膵、胆道系)中程度-高度の栄養障害を有する (Alb<3.5g/dL)⇒術前投与が最も効果的 下部消化管手術 高度の栄養障害を有する(Alb<2.8g/dL) ②外傷患者 多発外傷 ISS≧18(Injury Severity Score) 腹部多臓器損傷 ATI≧20(Abdominal Trauma Index) |
2.結論的でないが効果があると思われる症例 定時手術例 ①慢性呼吸器疾患で人工呼吸器を必要とする大動脈再建手術例 ②栄養不良の頭頸部手術例 重傷頭部外傷(GCS<8) III度熱傷 30%以上 人工呼吸器に依存かつ敗血症を発現していない患者 |
3.重傷感染症例 重傷感染症患者でのImmunonutrition投与の効果は証明されていない |
4.Immunonutritionが推奨されない症例 5日以内の経口摂取再開が予想される患者 モニターのためだけのICU滞在患者 経腸栄養投与部位より肛門側に腸管閉塞をきたしている患者 |
5.Immunonutritionの投与方法 開始時期:可能ならば浸襲前から開始 術前5~7日間投与 |
6.投与量 少なくとも1,200~1,500 mL/日あるいは投与目標カロリー量の50~60% |
7.期待される効果 感染性合併症、在院日数、抗生剤使用量、人工呼吸管理日数、MOFの減少 医療資源の節約、死亡率減少効果は未確定 |
8.投与期間 最低限5日間 いつまで続けるかについて定見はない |
9.投与方法 胃内投与が第一選択、不可能で空けば経腸投与 |
10.Toleranceの評価 適切な経腸栄養投与法を守る |
文献
- Zhu X, et al. Immunosupression and infection after major surgery: a nutritional deficiency. Crit Care Clin 26: 491-500, 2010
- Mizock BA, et al. Perioperative immunonutrition. Expert Rev Clin Immunol 7: 1-3, 2011
- Makarenkova VP, et al. CD11b+/Gr-1+ myeloid suppressor cells cause T cell dysfunction after traumatic stress. J Immunol 176: 2085-2094, 2006
- Lucotti P, et al. Beneficial effects of a long-term oral L-arginine treatment added to a hypocaloric diet and exercise training program in obese, insulin-resistant type 2 diabetic patients. Am J Physiol Endocrinol Metab 291: E906-912, 2006
- Turina M, et al. Acute hyperglycemia and the innate immune system: Clinical, cellular, and molecular aspects. Crit Care Med 33: 1624-1633, 2005
- Moinard C, et al. Polyamines: metabolism and implications in human diseases. Clin Nutr 24: 184-197, 2005
- Li H, et al. Nitric oxide in the pathogenesis of vascular disease. J Pathol 190: 244-254, 2000
- Strunk V, et al. Selective iNOS inhibition prevents hypotension in septic rats while preserving endothelium-dependent vasodilation. Anesth Analg 92: 681-687, 2001
- Andrews FJ, et al. Glutamine: essential for immune nutrition in the critically ill. Br J Nutr 87 Suppl 1:S3-8, 2002
- Uddin M, et al. Resolvins: natural agonists for resolution of pulmonary inflammation. Prog Lipid Res 50: 75-88, 2010
- Peterik A, et al. Immunonutrition in critical illness: still fishing for the truth. Crit Care13:305, 2009
- Cerantola Y, et al. Immunonutrition in gastrointestinal surgery. Br J Surg 98: 37-48, 2011
- Petrov MS, et al. Systematic review and meta-analysis of enteral nutrition formulations in acute pancreatitis. Br J Surg 96: 1243-1252, 2009
- 辻仲利政.消化器がん手術前の免疫増強栄養剤の投与効果.外科治療 98:953-955、2008